効 果 絶 大

ジャングルジムの端っこでトモくんが顔をくしゃくしゃにして泣いていた。
「どうしたの? お腹痛いの?」
「違うよぉ・・・えっちゃんに嫌いって言われたんだよぉ」
僕はどうしたらいいんだろう、って一生懸命考えた末、口を塞げばいいんだと思ったから・・・・・・。
「・・・何? 今の何?」
きょとんとした大きな目がビックリして涙を出すのを忘れてる。
「トモくんが落ち着くおまじない」
「ジュンちゃん・・・また泣いたらそのおまじないしてくれる?」
「いいよ、トモくんが泣いたらいつでもしてあげる」
そう言うとトモくんがにっこりと笑顔になったから僕も嬉しくなった。
いつでも笑っていて欲しい、トモくんに泣いた顔は似合わないと思うんだ。


―― それが俺の初恋だと知ったのはそれから随分経ってからだけど・・・。


「ジュン〜っ! また別れた〜っ!」
「ああっ!? お前何回目だよっ!?」

あれから10年、「僕」から「俺」になったのはいつからだろう、どうでもいいことが頭をよぎる。
中学校から帰って一息ついたと思ったら智貴(ともき)が勝手に家に上がり込んでノックもせずに俺の部屋に飛び込んで来た。
幼なじみだからって遠慮ってモンが欠落してるぞ、お前。
「だってさ、何か違うんだよ、オレはもっとこう・・・」
「彼女と別れる理由、他にないのかよ? それじゃ相手だって納得しないだろ?」
「だから、ホラ、見ろよこれ〜」
左頬に真っ赤な手形。 バカじゃないのか、こいつ。
智貴は昔から頭は悪いけど顔だけはいい。 目がくりくりっとしてて、幼稚園の頃はパッ見女の子とよく間違えられて怒っていたっけな。
顔がいいと自然に女子にももてる、何て解りやすい法則なんだろう。
今の智貴は元の顔立ちにプラスして、茶髪にちょっと長めの髪でかなり軽薄に見えるから・・・要するに近寄ってくるのも軽い女ばかりだと言う事だ。

「おまじない、していい?」
「お前なぁ・・・」
返事をする前に智貴の柔らかい唇が触れる。
重なってるのはまばたきをする一瞬だけ。
もう絶対おまじない何て信じちゃいないんだろうけど、智貴は女と別れると必ず俺にキスをしてくる。
幼稚園に始まり、小学2年、4年、6年、中学1年、2年に2回、そして今日。 この女たらしが。
「へへ、ジュンとすると何か安心するんだよね、昔から。 ん〜効果絶大」
「バカじゃないか?」
・・・・・・バカは俺だよ・・・解ってるさ。
こいつが俺にキスするのは「すりこみ」だ。 癖みたいなモンで最初に泣きやんだもんだからそれが当たり前になっちまった。
普通じゃない、それも解ってんだよ。
ふわりと智貴の髪の毛が俺の眼鏡に触れ、頬に触れるとギュッと身体の奥が締め付けられる。
―― なぁ・・・どうして気付かないんだ? トモ・・・。
普通こんだけキスしてりゃ気付かないか?
「どした?」
「別に・・・」
「ふ〜ん・・・変なジュン」
不思議そうにしながらも俺が買ってきたばっかりの漫画を読み始める智貴。
そうだよ、俺は変なんだよ、自分の気持ちが解った時からずっとお前でヌイてんだよ、クソッ。
もう10年だぞ? 女に興味が湧かないのは智貴の笑顔が頭から離れないからで・・・その笑顔を見ると、もうどうしようもない衝動に駆られる。
トモ、俺はどうしたらいい? 次に女と別れるのはいつだ? そうしたらきっとお前はまた・・・・・・俺と「おまじない」するんだろう?

「ジュンてさ〜」
「な・・・何だよ?」
漫画に視線を向けたまま智貴が声をかけてきたからドキッとした。
「何で彼女作んないの?」
「何でって・・・そっちこそ何でいきなりそんなこと言い出すんだよ?」
お前の所為だよ。
「いきなりじゃないよ、前から思ってたけどさ、もしかしてジュンて・・・」
ギクッと冷や汗が首筋を伝って来る気がして左手をそっとそこに当てた。
まさか・・・・・・? そう思って俺が口を開こうとすると、まだ目線を漫画に向けたまま智貴がくすくす笑いながら言った。
「女に振られんのが怖いんだろう?」
智貴の言葉が自覚なく俺の心臓を突き刺す。
「まあ、振られたら今度はオレがジュンにおまじないしてやっからさ」
「・・・・・・っ」
ウィンクして、いたずらっ子の様に笑う智貴。 

―― 崩れ落ちる音が耳の奥で聞こえた ―― 。

トモ・・・お前は本当にバカだよ・・・。
「・・・じゃあ・・・して貰おうか」
「へ?」
顔を上げた智貴が目をくりんとさせて、聞き間違いだと言わんばかりにじっとこっちを見た。
「ジュン・・・お前誰かに振られたの?」
「・・・・・・」
「なあ、誰だよ? オレの知ってるやつ? 教えろよ〜」
ぐいぐいと俺の袖を引っ張って好奇心むき出しの智貴・・・・・・もう・・・知らない。 歯止めが効かなくても責任なんか持たない。
「なあってば」
「・・・・・・お前だよ」
「え・・・?」
もう10年もお前に振られっぱなしだ。 我ながら呆れるくらい智貴が俺の中のパーセンテージを占めてくれちゃってる。
それでも自分から伝えるつもりなんてこれっぽちもなかったのに・・・お前の所為だ。
「ちょ・・・ジュ・・・んんっ」
触れるだけのキスじゃこの10年間の想いは消せやしない・・・俺は初めて智貴の唇の向こう側へ割り込んだ。
外側よりもっと柔らかい智貴の舌を逃がさない様に自分の中に吸い込むと驚いて足をバタバタさせて俺の背中をボカスカ殴り始めた。
ダメだ、そんなんじゃ俺は離れないよ、トモ・・・無神経なお前を無茶苦茶にしたい・・・お前を汚したいんだ・・・。
「っはぁっ・・・はぁ・・・っ」
唾液の糸が俺の舌から智貴の舌を伝い、呼吸を止めていた唇が息を吹き返して苦しそうに喘ぎ、俺を責める瞳からは涙が伝っている。
それら全てが俺の身体中に熱い棘を刺して理性を殺そうとしている。
トモ・・・10年前とお前はちっとも変わってないよ、それがどんなに俺を苦しめてたかも解らないほど無邪気なトモ。
だけどこんな歪んだ友情ごっこは終わりにしよう。 もう沢山だ。
「なんっ・・・何でこんな・・・っ」
「解っただろ? お前といると俺はこんな事ばっか考えてる。 ・・・お前は知らなかっただろうけど」
くすっと自嘲すると、怯えた智貴が震えてしゃがみ込んでいた。 そんなに俺が怖い?
「解んないよ、どうして・・・」
腹立つ、本当に腹立つ・・・トモがこんなに憎くなったのは生まれて初めてだ。 俺は智貴の両腕をがっしり掴んで叫んだ。
「どうしてだと? それを俺に言えってのかよっ!? ああ、そうか、じゃあ言ってやるよ、俺はトモを抱きたい、裸にしてお前を女みたいに抱きたいんだよ!!」
「ジュ・・・ジュン・・・」
「もう帰れ!! 2度とウチに勝手に上がり込んで来るな!! お前みたいな無神経な奴もう知らねーよ!!」
勢いに任せて智貴の気持ちなんかおかまいなしに大声を張り上げている俺は最低だ。
智貴は暫く茫然自失でその場を動けず、ちらっと俺の顔色を伺っていたけれど小さいかすれ声で「解った・・・」と言って部屋のドアを閉めた。

その後に襲ってきたのは激しい自己嫌悪と安堵。
これで智貴の笑顔を見る事は、もうない・・・嫉妬に駆られる事もなければ冗談を言い合う事もない・・・。
これが10年間つき合ってきた友達との別れか・・・呆気ないモンだよな。
「トモ・・・」
ずっと、ずっと智貴と一緒にいたかった。 空気みたいな存在で、側にいるだけで楽しくて・・・それが変わったのはいつからだろう?
どうして素直に「好き」だって言えなかったんだろう・・・「抱きたい」だなんてあんまりにも俗物すぎる言い方で智貴を傷付けた。
「トモ・・・ごめん・・・」
もう戻る事なんて出来ないけれど。


1ヶ月、道端で智貴を見かけても声をかけられないのが辛い・・・お前の顔がまともに見られないだけでこんなに苦しいとは、正直思わなかった。
目が合っても逸らして逃げるだけしか能がない自分が情けなくて。
何で近所になんか住んでるんだよっ。 俺は絶対高校に入ったらどっかに引っ越してやるからなっ。
「はぁ・・・」
読む気もないけど、何かしてなきゃいられないからベッドに寝転がってクラスメイトに借りたファッション雑誌をパラパラ捲っていた。
トモもこういうのを見て髪型とか服とかも真似していたんだよなぁ・・・。
ってそこで智貴を思い出しちゃダメだろ俺!
とか思った瞬間

「ジュンッ!!」
バッタンと大きな音を立てて智貴が俺の前に仁王立ちになっていた。
「・・・・・・モ・・・」
何なんだよ・・・どうして今更ウチに来てんだよ・・・。
「オレ振られた!! だからまたおまじないして!」
「・・・は・・・?」
こいつ・・・こいつは一体何を考えてんだ? 俺があんなに自分の想いを吐露したのに・・・まさか全然解ってなかったのか?
いくら頭の悪い智貴でもそこまでアホじゃないだろ。 いや、だったら1ヶ月前と変わらないこの状況は一体・・・。
「今度はちゃんと理由もあるんだぞ」
「・・・・・・お前・・・・・・」
「そいつ、すっごい勝手な奴なんだ。 いきなりディープキスしてきたかと思ったらオレを抱きたいなんて言いやがってさ」
「・・・・・・」
「オレが呆然としてたら「帰れ!」とか言っちゃってさ、告ってきたくせにワケわかんないだろ?」
「トモ・・・それは・・・」
「いいから最後まで聞けよ! んでオレずっと考えてた。 だってビックリして泣いちゃったけどイヤじゃなかったんだ。 それで今まで何で女の子と続かなかったのかやっと解った・・・そいつじゃなかったからなんだ、ジュン」
「・・・・・・え・・・・・・?」
・・・・・・今、何て? トモ、何て言ったんだ?
「だから! 女の子とキスしても何か違うって思ってたのはお前のキスじゃなかったからだよ!」
「・・・・・・トモ・・・・・」
俺は今どんな顔をしてる? トモ、教えろよ・・・。
「けどさ、ここ1ヶ月、オレの事避けてるだろ? もうオレが嫌いならしょうがないけど・・・だから最後におまじないして、ジュン」
じっと真剣な眼差しで俺を見つめる智貴・・・。
―― バカだバカだと思っていたけど・・・こいつは大バカだ・・・。
俺がどんな想いでお前と離れようと決心したと思ってるんだよ・・・。
バカトモ。
「・・・・・・しねぇよ」
「何でだよっ!?」
「お前、振られてないし・・・」
「・・・ジュン・・・」
ここまで言わなきゃ解らないなんてさ、ホントお前って無神経で・・・・・・すっげー好きだよ。
ぎゅっと堪らなくなって智貴を抱きしめると、カラーリングで痛んだ髪が眼鏡と頬に当たってくすぐったい。 この前とは違うくすぐったさが心地いい。
「いいのか? 俺はトモの事、抱くぞ? 嫌がっても抱くからな」
「ジュン・・・オレ・・・」
「もしそれが許せないんだったら今すぐ離れろ」
「・・・・・・ヤダ・・・離れない。 正直ジュンと同じ気持ちかよく解んないけど・・・でもオレ、ジュンが好きだもん、離れたくないもん」
「バカやろ・・・・・・」
バカで可愛い可愛いトモ。 俺が「好きだ」って言うタイミング逃しちゃったじゃんかよ。
「これってさ、もしかして今日からオレとジュンがつき合うって事?」
「え・・・多分・・・」
「多分」て何だよ俺!
だってこいつは幼なじみで友達で・・・今日から恋人で・・・。
俺がそんな風に考え込んでいたら智貴がニヒッて笑った。
ああ、やっぱり俺はお前のその顔が好きだ。
「じゃあさ、今度はおまじないなんかじゃなくってちゃんと恋人のキスしよう」
「トモ・・・」
「せーので行くよ〜、はい、ジュン、せ〜のっ!」

〜END〜


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88888ヒットのキリリクです。 あきら様よりv リク内容は「幼なじみ・ハッピーエンド・切ない系」を頂いたのですが最後の1つはクリア出来たかどうか不安・・・;
でも久しぶりにBLぽい話を書いた気がします(笑) 私にしてはきゃわゆいお話になったかなぁ、と。
最後にあきら様v リクエスト本当にありがとうございました(^▽^) 楽しく書かせて頂きました。