小説
お世話になります
「んっ・・・ああっ」
金曜の夜、いつもの出来事。ホテルの中の情事。
きっと今、何万人の恋人たちが同じ事をしているに違いない。
ーま、俺の相手は恋人じゃないけどな。
悠斗はそんな事を考えながら、なかなか終わってくれない男に合わせて演技をしている。
ーいいかげん、イッっちゃってくれねーかな?
もう30分も腰を動かしているので、疲れているのだ。
自分自身はとっくに萎えてしまっている。
その時、男のものが悠斗の中でドクンとなった。
ーやっときたぜ。しょうがねぇからここは一つ声をもっと出しておくか。
「あっあっ・・・もう、俺・・・っ」
「出るよ、いいね?」
そう言って男は悠斗の中で果てた。
ーやっとイッてくれたー。
「君の感度、すごくいいね。いつもより早く出来たよ。」
男がうっとりした顔で悠斗をみる。
「・・・そうですか、それは良かったですね。」
ーマジかよ!?このおっさん・・・。いつもは一体どのくらいかかってんだ?
悠斗がシーツのくしゃくしゃになったベッドから抜け出して、服を着替えていると、男が名残惜しそうに声を掛けてきた。
「君とは身体の相性がいいみたいだ。また会えないかな?」
「すいません。俺、ネットで会った人とは一回きりにする主義なんです。」
ニッコリ笑って誘いを断る。
悠斗の常套句だ。
男が残念そうに言う。
「・・・そうか・・・。仕方ないな。まあ、今日は楽しませてもらったよ。」
「ありがとうございます。」
ドアを閉めると、足早にエレベーターに向かった。
ー冗談じゃねーよ。あんな遅漏もう二度とごめんだっつーのっ。
ホテルを出るともう時計は11時をとっくに過ぎていた。
休憩時間の2時間で済ますはずが1時間延長になってしまった。
悠斗は俺の金じゃないからいいけどさっ。と思っている。
今週頭にやっと梅雨が明けたばかりの7月の夜は湿気がひどく、さっきの男の体臭もまじって悠斗の身体は汗にまみれてベトベトしている。
シャワーでも浴びればよかったのだが、それよりもあの場所を早く出たかった。
今日の男はキアヌと名乗っていた。
ーキアヌってなんだよ?キアヌ・リーブスか?どっちかって言うと西村雅彦じゃん。
悠斗は男の顔を思い出しておかしくなった。
ネットで知り合った人間には名前を言わない方がいい。
一晩の関係にしておくならその方が後腐れがなくてすむ。
電車に乗り込むと、えらく混んでいる。
金曜日はサラリーマンも飲みに行く人間が増えるので、この時間の電車の中は酒の臭いが充満している。
悠斗はドアにもたれかかってネオンがスライドしていくのを眺めるのが好きだ。
この時間だけは何考えなくなくてすむ。ただ光が過ぎるのをボーっと見ると吸い込まれそうな気がする。
20分電車が走ってやっと悠斗の住む駅に着いた。
赤い顔のサラリーマンの波に押され降りる。
みんな早く家に帰りたくて我先にと急いでいる。
ー俺も早く帰って来週の相手でも探すか。
悠斗はそう思いながらも、他の人と半分ほどの早さで家に向かった。