白んだ空がぼやけてきて雀が何処かで鳴いて夜が明ける合図をしている。
今、何時なんだろう・・・?
金田一耕助はのろのろと枕元に置いてある懐中時計を手に取って時間を確認した。
「まだ5時18分か・・・。」
ごろんと仰向けになり両腕を枕にして夕べの出来事を虚ろな目をして浮かべる。
どうしてこんな事になってしまったのだろう? と。
手首が紅くなって昨日の名残がズキズキ疼き、耕助は一瞬ゾワッとした寒気を感じると同時に男の眼差しを思い出す。
「風間のやつ・・・随分と派手にやってくれたな。」
ぼそっと呟き愛用のホープに火を付けてゆっくりと煙を吸い込んだ。
その日は耕助が居候を決め込んでいる割烹旅館「松月」の従業員が温泉に行くという、年に1度広い建物ががらんとなる日だった。 つまりは社員旅行である。
「それじゃ、耕さん、留守頼みますね。」
「ああ、いってらっしゃい。」
手を振って女将を筆頭にぞろぞろと建物から出て行った後、耕助は1人新聞を読んだりぼけーっと庭を見たり、要するにいつもと同じ隠居生活を満喫していた。
何か事件でもない限り、この有名な名探偵は身体を動かすのも億劫だと言わんばかりに何もしない。
ここに居れば女中が何でもしてくれるのでありがたい事はありがたい、と思ってはいるのだが・・・。
そろそろあいつが来る頃だろうか?
耕助は吸い殻でいっぱいになった灰皿を眺めながら、少しだけ心が重くなるのを感じ、ため息を1つ吐く。
耕助に”あいつ”と言われているのは言うまでもなく、ここの女将・おせつのパトロン、そして耕助の長年の友人でもある風間俊六、その人である。
そして耕助がため息を付いた理由 ――― それは・・・・・・。
「耕ちゃん、いるかい?」
こちらが返事をする間もなく、風間は耕助の部屋の障子をざっと開けた。 勝手知ったるなんとやらである。
「やあ、風間、今日はおせつさんはいないよ。」
耕助もこの遠慮のない客人には慣れていて、ニコニコと笑顔を向けていた。
「知ってるから来たんじゃないか。」
ははは、と笑う風間は耕助が座ってるちゃぶ台の前に陣取った。
「全く、おせつさんが気の毒に思えてきたよ。」
そう言うと、風間は「いいんだよ、あいつは。 俺と耕ちゃんの仲をちゃんと知ってるから。」と悠々と構えている。
横で耕助は「どんな仲なんだよ」と突っ込んでみようかと思ったが面倒なので笑っているだけにした。
名探偵・金田一耕助と土建屋「風間組」の社長・風間俊六。 並んで歩こうものならこんなアンバランスな組み合わせもないだろう。
耕助ときたら背は低い、頭は鳥の巣、色白でどう見ても活発な人間には見えない。 おまけに四六時中袴姿という今では珍しい格好をしているし、風間と言えば浅黒い肌に、いかにも土建屋だと言わんばかりのがっちりした身体付きをしていて男っぷりも悪くなく、常に2〜3人の女は囲っているという耕助とはまるで正反対の性格と外見。
「2人きりで過ごすなんて滅多にないんだから今日は俺の酒にとことん付き合って貰うぞ、耕ちゃん。」
そう言って風間は嬉しそうにビールを4本、日本酒を2升、そして高そうなウィスキーを1瓶どっさりと台の上に乗せた。
「これってここのじゃないのかい? おせつさんに怒られても知らないぜ。」
「元をただせば俺のって事になるじゃないか。」
平然と言い放つ風間を見て、耕助は、本当にこの男が社長を務めてるのか? と疑問に思う。
風間はいい奴なんだ、それは解ってる・・・しかし・・・だからこそ、と今日の耕助は頭の中で考えてしまう。
「どうしたんだ? 耕ちゃん、今日何だか変だぞ。」
風間の顔が曇り始め、心配そうに耕助の顔を覗き込む。
――― 鋭いな・・・。
「風間・・・。」
「ん? どうした? 具合でも悪いのか?」
これはチャンスなのではないだろうか・・・? 今を逃したらもう言う事も出来ないかもしれない。
「そうじゃないよ、風間。 僕、そろそろ松月を出て行こうかと思うんだ。」
言った途端に風間の眉が上がって、さっきまでの笑顔がみるみるうちに変化してきた。
「どういう事だよ、耕ちゃん。 おせつに何か言われたのか? それとも従業員が気に入らない事したなら即刻クビにする。」
「ち・・・違うよ、風間。 ここの人達はよくやってくれてるよ。 違うんだ・・・。」
まさか風間がそんな勘違いをするとは思っていなかった耕助は慌てた。 松月の人達に迷惑は掛けられない。
「じゃぁ、どうしていきなりそんな事を言い出すんだ?」
「・・・・・・。」
耕助は答えなかった。 否、答えられなかった。
本当にここの女中達は親切だし松月に帰って来ると安心もする。 けれどそんな気持ちの奥深くに別の想いがあるのも否定出来ないのだ。
それはそのまま風間にも通じてしまう。
――― 重い・・・・・・どうしてそう思ってしまうのか耕助本人にも解らない。
「・・・どうして何も言わないんだ?」
いらいらした風間は台を避けて耕助との距離を狭めて来る。 如何せん狭い部屋の中、大人が2人でいるだけで少々息苦しい。
「もしかして俺が何かしたのか・・・?」
「ち、違うよ。 僕の勝手なんだ、ごめんよ。」
「そんなの理由にも何もなってないじゃないか!」
風間の言う事は尤もだ。 そう思いながらも他に言いようが無いので黙って俯くしかなかった。
「耕ちゃん! どうしてそうやっていつも俺から離れて行くんだよ!?」
「な・・・何を言ってるんだ?」
「だってそうだろう? 一緒に下宿した時だって何も言わずにアメリカに行っちまったし、次に逢った時だって知らない間に戦地に行ったし。」
兵隊になったのは僕の所為じゃ・・・と思ったものの風間の表情を見ると冷静さを失っている。 「これはちょっとまずい。」と焦った。
「やっと・・・やっと手に入れたと思ったのに・・・。」
「か、風間、僕は別にお前の妾じゃないんだから、去るも何もないだろう? 友人には変わりないんだし。」
風間の視線が絡み、耕助の全身からじっとりと汗が浮き出してくる。
「それは・・・・・・妾なら離れないと言う事か?」
「え・・・?」
風間は何を言ってるんだろう・・・? と考える耕助は風間がどんなに自分に執着しているかは解っているつもりだった。
しかし風間のギラついた瞳はそれ以上のものを物語っている。
「耕ちゃんは・・・女を知ってるか?」
「何?」
いきなり突拍子もない質問をされて何を言われてるか一瞬理解に苦しむ。
「女を抱いた事があるかって訊いている。」
「そ、そりゃぁ、僕だって男だからね。 最近はあれだけど・・・アメリカにいた頃何度かは・・・。」
耕助の答えを聞いた風間はくっくっと笑い始めた。
「な、何がそんなに・・・お、可笑しいんだい?」
努めて平静を保とうとしてはいたが、どもり癖が出て来たところを見ると耕助の方も少なからず興奮をしている様だ。
「そんなヤク中だった頃に抱いた女なんて数のウチに入らないぜ、耕ちゃん。 大体そんな細い身体じゃ女なんか抱けないだろう?」
風間はいつの間にやら敷きっぱなしの布団に耕助を組み敷いて、その左手1本で耕助の両手を頭の上で押さえつけた。
「ちょっ・・・ちょっと風間っ! 何をしてるんだ!?」
2人の体格差は誰が見ても一目瞭然で、その厚い胸板から逃れられる術はない。
「耕ちゃん・・・どうして解ってくれないんだ? あいつか? あの等々力って警部の方が好きなのか?」
「好きも何も2人とも僕の友人じゃないか。」
「違う! 俺は違う! 耕ちゃんを友人だなんて思った事なぞ1度も無い。」
風間はまるで獣の様に鋭く、けれど何処か哀しげな瞳で耕助を見つめる。
「かっ、かっ、風間っ! やめっ・・・んっ」
弾力のある唇が耕助の口を塞ぎ、ぬめぬめした舌がまるで蛇の様に縦横無尽に耕助の口腔内を這いずり回っている。
「なあ、最近いつ自慰をした? してないんだろう? これだけで耕ちゃんのここ、こんなになってるじゃないか。」
そう言いながら袴の帯をシュルッと解き、ぎゅっと耕助のそれを握った。
「!!!」
「きついよなぁ、耕ちゃん。」
「か・・・かざ・・・ま・・・」
探偵なんてものを生業(なりわい)にしている耕助にとって、「愛情」という醜さや恐ろしさは嫌になるほど見てきた。
だから耕助自身は自分でも知らない間にそれがどんなに慕ってくれている人間であろうと、見えない線を引いてしまっているのかもしれない。
「耕ちゃん・・・。」
同性愛や衆道の契りなんてものも今更別段驚く事でもないのも知っている。
しかし、まさかそれが自分に降りかかってくるとは予想外だったのだ。
朦朧とした意識の中、耕助は荒々しい男の息づかいと、絞り出す様な声を聴いていた。
「耕ちゃん・・・好きだ・・・」
ふうっと溜息を1つ吐いて、そろそろ日の出に近づいてきた空を見ていると腰に鈍痛が走った。
「いたたっ。」
運動不足に輪を掛けて、強姦まがいな事をされた耕助の身体は動くのを拒否して、重く鉛の様だ。
「ごめん・・・耕ちゃん・・・もうこんな事しない・・・。」
謝るくらいなら最初からやるなって言いたいよ、全く・・・。
「・・・緑ヶ丘にアパート建てたんだ・・・そっちに移るといい・・・。」
バカだな・・・風間・・・僕を抱いたって何のメリットもないじゃないか・・・。
そう思いながら煙草を1本取り出してそれに火を付けようとした瞬間、目尻から頬にかけて1本の筋が流れる。
耕助はそれを拭う事もせず、ただぼんやりと朝日が顔を出すのを、まるでそうしなければ死んでしまうかの様にひたすら待っていた ――――― 。
〜 終
〜 久し振りの金田一で初めてのやおい。 非常に楽しかったですv
その割にはエッチシーン誤魔化してしまいました; すいません。
そのうちイラストも描きたいなぁ。 やっぱり耕ちゃんが大好きですv
最後にリクして下さったやぶ様、ありがとうございました(^^) イメージ違っていたらごめんなさいm(_
_)m
NOVELTOP←
|