「俺シャワー浴びてくるから寝てろよ。」
そう言って俺は延照がいる部屋からバスルームへ向かった。
延照はたぶん凄く疲れてるはずだ。 初めての海外旅行でしかも地下鉄ストだなんてもんに阻まれて俺が2時間も空港で待たせちまったから。
まるで神様が俺を延照と会わせないようにしてるかのように感じて少しだけ落ち込んだことは内緒だ。
俺を見つけて泣きそうな顔をしたから思わず抱きしめてしまった。
・・・・・・そう・・・俺は延照が好きなんだ・・・。
最初にそう思ったのは忘れもしない高校1年の春、入学したばっかで誰にも声を掛けられずに席で俯いてるのを見た瞬間・・・すっげーありきたりな例えだけど何ていうか・・・バチバチっと胸に電流が走ったように痺れた。
これが一目惚れってやつなんだと自覚するまでに数分。
今までも何人か付き合った女がいたくせに、その子達に持つ感情とは比べ物にならないくらいの衝撃だった。 やばい・・・絶対やばい、と思いつつも俺から声を掛けると少しおどおどしながらこっちを向いた。
「あ・・・僕、片山延照・・・君は・・・?」
「俺は榊(さかき)亮って言うんだ。 良かったら少し話さねーか?」
「え? ・・・いいの・・・?」
「は? 何が?」
「ううん・・・ありがとう・・・。」
話しをしよう、と言って礼を言われたのは初めてだ。 最初はちょっと変わった奴だなぁ、と思ったけど話し始めると俺の胸は踊っていた。 そりゃあもうくるくる〜と。
人と話すのが得意じゃなさそうなしゃべり方とか小動物のような目とか、はにかんだ笑顔とか・・・とにかく俺の好みを激しく突いていたのは確かだ。
それ以来、俺は延照の「親友」という友達の中では特等席に登り詰めた。
って言っても俺がそうし向けたんだけどな、ことあるごとに「俺、お前の親友で良かったよ。」とか言ってたから。
そんなときの延照の照れて嬉しそうな顔を見て、このまま押し倒してぇ〜とか思ってたのはトップシークレットだ。
だってさ、あいつも俺も男だから・・・だからこの感情を知られない為、俺に告ってくる女とは誰とでも付き合った。
なのに女とキスしてもセックスしても浮かぶのは延照のことばっか。
あいつだったらこんな時どんな顔するんだろうなぁ、とかどんな声出すんだろうなぁ、とかさ。
これって重傷だよな、やっぱ。
で、結局振られちゃうってわけだ。 女ってやつは自分が愛されてないってカンが異常に鋭い。 まあ、本当のことだから反論する余地がねーんだけど。
「亮って本当は片山くんが好きなんじゃないの?」
「何言ってんの? お前。」
「私といるとき、ず〜っと彼の話しばっかしてるのに気付かないわけないでしょ?」
「・・・・・・。」
「はぁ・・・やっぱりね。 あのさー、アンタそれって彼女を裏切って、おまけに片山くんも裏切ってるんだよ? サイテー。」
この時ばかりはさすがの俺もまいった。 最初から好きでもなかったから振られるのはどーでもいいけど俺ってもしかしてバレバレなんじゃねーか?
ちょっとだけ延照と顔を合わせるのが怖くなっちまったんだよ、そのときは。
でもやっぱり側にいたかったからずっと親友を演じていた大学2年。
その日は梅雨まっただ中だと言うのに晴れて凄く暑い日で、大学の側にある店でソフトクリームを買って近くの広場で食ってたとき。
「ああっ、たれちゃったー。」
「しょーがねーなー、ほら、手拭いてやるよ。」
そう言って俺は無意識とはいえ延照のクリームの付いた指をペロッと舐めちまった。
「あ・・・りょ・・・亮・・・?」
気付いたときにはもう遅くて、延照は真っ赤になっていた。
「ワ・・・ワリィ・・・。」
なんて色っぽい顔をするんだよ、心臓に悪すぎる・・・マジでこのままじゃいつこいつを襲うか自信が持てない。 理性なんか吹っ飛ばしてそのクリームの付いた唇を奪いたい衝動にかられた。
きっと凄く柔らかいに違いないその唇・・・お前とキスしたい。
女となら付き合って1日目でさっさとすませちまうのに・・・ただのキスだぞ、ふざけてしたって別におかしくないとも思うのに・・・本気で好きだから迂闊にそれも出来ない。
・・・だってキスしたらそのままきっとそれ以上のこともしちまうから・・・。
そんな俺の気持ちを延照には知られたくなかった・・・。
だから俺は・・・・・・逃げた。
次の日から内緒で留学の手続きを始めて、そして直前に延照には告げてさっさとロンドンに行った。
ニューヨークだろうがパリだろうが何処でも良かったんだけど、たまたま募集してたのがイギリスしかなかっただけ。
これで暫くは延照のことを考えずにすむ・・・メールもあまり出さないようにしよう・・・これでいい・・・いいんだ・・・。
って思っていたのにふと思い出すのは延照の顔。
そんで気付くとそれを浮かべながらマスターベーションしてる俺。
超最悪じゃねーの? 俺って。
逢えないと想いが募るって陳腐な言葉は嘘じゃねーんだ、マジおかしくなりそうに延照に逢いたい。
顔を見るだけで、それだけでいいから逢いたい。
だから・・・・・・。
「10月になったらこっちに来いよ。」
久し振りに延照を見てやっぱり好きなんだと確信した。
その身体をぎゅっと抱きしめると動悸が速くなっていくのを自分で感じてしまう。
「親友」という名のもとにこんな風に延照を抱きしめる俺は卑怯だ。
だけどそれ以外に身体に触れる方法が見つからない・・・。
華奢で柔らかい延照の身体・・・本当は服なんか邪魔なだけで素肌を抱きしめてみたいけど、そんなことしたら「親友」でもいられなくなっちまう。
どうして延照のことになると俺はこんなにも臆病になってしまうのか。
俺は怖い物知らずだと周りのみんなに言われている・・・自分でもそう思っていたはずなのに、その顔を見るとどうしても言い出せない、友達に向ける顔を作ってしまう。
「亮。」
そう呼ばれるだけでこんなに身体は熱くなるというのに・・・。 お前は全然気付かないんだよな、延照。
ここにお前がいる間に俺達の関係が変わるのだろうか? それは単なる願望か?
でもな、嬉しかったよ、俺は。 もしかしたらメールも電話も滅多にしない俺に愛想尽かしたんじゃないかって少しだけ不安だったからさ。
さり気なく人に気を遣ったり、誰も気付かないような・・・教卓に置いてある花瓶に水を挿したり、誰かがトイレに捨てた吸い殻を拾ったり・・・そんな小さなことをそっと当たり前のようにやる優しいお前が好きだよ。
「ふぅ・・・。」
熱いシャワーを浴びながら、もう寝ちまったかな? とか考える。
起きてたら色々語ろう・・・もし眠っていたら・・・いたら?
カチャリと部屋のドアを開いて声を掛けてみる。
「起きてるか?」
返事がなくてもう眠っていることが確認された。
俺は内心ホッとしてるのだろうか・・・?
ベッドの端に座ると静かな寝息が聞こえて俺の想像以上に疲れていたらしく熟睡モードに入っている。
「ごめんな・・・不安だったよな・・・。」
俺らの年代の人間には珍しく染めていない漆黒の髪の毛をそっと撫でてみた。
見た目より細いそれが俺の指に絡んでゾクッとする。
こんなことだけで・・・やばい・・・。
「延照・・・襲うぞ・・・。」
ほっぺたを押すとプニプニしててくすっと笑った。 延照は別に太ってるわけでもないのに、肌が柔らかい・・・まるで赤ん坊のように。 本人は筋肉が付かないといつだったか嘆いていたけど。
「・・・鈍感大王・・・。」
俺の気持ちなんかこれっぽっちも解ってないんだろう? 俺がお前とキスしたいとかセックスしたいとか思ってるなんてさ・・・。
「もう親友でいるのに俺は疲れた、延照・・・。」
どうして俺がわざわざロンドン・アイのチケット買ったと思う? まるでデートスポット雑誌のセオリーのようなことをしてる自分に笑っちまうけど、俺はお前にそこで好きだって言うぞ。
そしたらどうする? やっぱ嫌われっかな?
でも俺はもう限界なんだよ・・・。
「・・・延照・・・。」
眠っている延照の唇に自分の唇を押し当てた。
まるで眠り姫にキスする王子のような気分。 でもここにいる眠り姫は目を覚まさない。
これでお前のファーストキスは俺のものだ。 もしこの先延照が誰かとキスしてもそれは変わらない・・・延照は知らない俺だけの真実。
最低なことをしてるってのは充分承知しているけど、でもキスせずにはいられないその唇。
好きだから触れることが出来ない延照の全部が俺は欲しい。
おかしいじゃないか、この俺がこんなにも1人の人間に振り回されるなんてさ。
女と付き合ったのも留学したのも延照と離れたかったから・・・そしてここに呼んだのはその延照に逢いたくて抱きしめたくて狂いそうだったから。
俺はきっとお前がいなきゃダメなんだよ・・・情けねーよな、20歳も過ぎた男が。
けど延照にはその価値が充分にあると思う。 とても大切で、本当は女になんかやりたくない。
延照の中を俺でいっぱいにしてやりたい・・・心も身体も俺のものにしたい。
そんな我が儘でサイテーな俺を延照は知らない・・・・・・。
「・・・キスしちまった・・・。」
延照の頬に手を当てて撫でると配管から出てる熱気の所為で熱くなっている。
唇も熱かった・・・触れた場所からマシュマロのように溶けてしまうかと思うくらいの柔らさと純真無垢な色。
俺は最後まで隣で理性を保つことが出来るんだろうか・・・?
あーあ、やっぱ枕だけじゃなくて布団買えば良かった。 自分を甘く見てた俺ってバカじゃねーか?
延照の体温で暖かくなった布団に潜り込んで、石鹸の香りがする耳元に向かって「おやすみ。」と言って延照が見えないように横向きになった。
そう言えばクリスに作ってもらったペンダント・・・鞄の中に入れっぱなしだ。 ちゃんと延照が帰る時までに渡せるのか?
はぁ〜、こんなんじゃきっと延照がいる間は寝不足が続きそうだ・・・と考えながら俺は目を瞑ってひたすら睡魔が来てくれるのを待っていた。
おわり。
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はい、今度は亮が悶々としてますね〜。
これは1日目の夜に延照が眠った後、亮がキスするまでのお話です。
本編じゃあまり亮の心情を書ききれなかったので書いてみましたがどうでしょう? ってこの2人、やっぱりイライラしますなぁ。 お前も鈍感じゃー!って叫びたくなる(笑)
あ、亮の苗字がここにきてやっと出てきました。 最初から決めていたのに、出すタイミングがなくてここまでおあずけになってしまいましたが、出せて良かった良かった。
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