小説

電話じゃだめ

教室中にざわざわという話し声が聞こえてきて、誰かが使っているエアブラシのシューっという音がする。
今は課題の仕上げに向かっているところだ。
悠斗は自分の描いた絵を見ながら声を掛ける。
「なあ、石田、お前今日暇?」
そう言われた石田は今まさに筆で色を入れるところだった。
「今日?」
「ああ、久し振りに飲みに行かねぇ?」
「俺、今日は美菜と約束あんだよなぁ。」
美菜とは同じクラスの石田の彼女である。
「何だよー、よし、美菜のOKが出りゃいいんだな。」
そう言って悠斗は呆気にとられている石田を尻目に、友達と騒ぎながら筆を走らせている美菜のもとへ話しかける。
「美菜〜、今日さー、俺もまじっていい?」
呼ばれて美菜は悠斗の方へ顔を向けた。
ちょっぴりボーイッシュでさっぱりした性格の美菜を悠斗は割と気に入っているのだ。
ー何で石田なんかと付き合ってるのかわかんねーなー。俺の方がイイ男じゃん。あ、俺ゲイだった。
美菜が言われて石田の方を見ると、両手でバッテンを作っている。
それを見た美菜はにっこりと笑った。
「いいよ。 授業終わったら3人で飲みに行こうか?」
「サンキュー、美菜。」
石田はがっくりと肩を落としていた。
「んじゃ、そーゆー事で。」
石田の肩を悠斗はポンと叩いて満足げな顔をすると、恨めしそうに言った。
「悠斗〜、お前って奴はよー・・・。」
「まあまあ、そんなに長くなんねーよーにするからさ、ちょっと相談したいこともあるし。」
「相談? 何だよ。」
「ここじゃ言えねー、後でな。」
石田は大きなため息をついて諦めた様に自分の作品に向かった。



「そーいやー、悠斗、今日金曜日じゃねーの?」
授業が終わって3人で入った居酒屋は安くて美味しい、学生に評判の店だ。
そんなに広くない店内はもう人でいっぱいだ。
その一番奥に陣取って最初の1杯目のビールを飲みながら、石田が訊いてきた。
「ああ、そうだな。」
悠斗が不機嫌そうに返事をする。
「金曜ってお前のデートの日じゃなかったっけ?」
「・・・・・・。」
「え〜、そうなの?」
美菜が興味津々に言う。
「何かよくわかんねーけど社員研修とかで今日から一泊で伊豆に行ってんだよ。」
「お前・・・それで俺たちのデートを邪魔したって訳かー?」
石田は三白眼の目で悠斗を睨んだ。
「まあ、いいじゃん。 ウチラは毎日逢ってるんだしさ。」
美菜が助け船を出した。
「美菜、お前ってイイ奴だよな、俺、お前が男だったら絶対に付き合ってるぜ〜。」
「普通逆だって。」
悠斗の言葉に美菜が笑い出す。
「美菜にちょっかい出すんじゃねーぞ。」
石田は2人が楽しそうに話してるのが不満な様だ。
「出さねーって、俺、ゲイだもん。」
一瞬、空気が変わる。
「悠斗、お前っていつからそうなの?」
石田は前からそれが気になっていたらしい。
「ちょっと、それって川波くんに失礼だよ。」
美菜が石田の腕を引っ張ってたしなめた。
「別にかまわねーよ、隠す事でもないしな。」
悠斗はさして気にも止めずに一口ビールを飲んで話し出した。
「最初に完璧にゲイだって気付いたのは中3の時だな。 それまではなんとなーく俺ってもしかしてホモかもって思っててさ、ほら、学校でエロ本とかみんなで回し読みとかするじゃん、けど俺はそれ見ても何とも思わなかったわけ。 つーか気持ち悪くなっちゃて・・・何かエロ本てグロくねえ? なのに他の奴らはこのページがやらしいんだとか何とかちゃんのとこでヌイたとか言っちゃってて。 んで、中3の時にオヤジの会社の人が来て、そん時一目惚れしちゃったんだよな。 それで「ああ、俺ってやっぱりホモだったのか」って解っちゃったわけ。」
「オヤジさんの会社の人間!?」
「ああ。」
「そいつとやったのか!?」
思わず石田はそのセリフが口から出てしまってそれを美菜がじろっと睨む。
悠斗は笑いながら答える。
「してねーよ、俺の片想いで終わったの! ああ、けどその人・・・人成さんて言うんだけど、もうどうしよーもねーくらい好きになっちゃって・・・ま、俺も若かったからなー、人成さんで毎日の様にヌイてたんだよなぁ。 あん時は結構それで悩んじゃったりしてたんだぜー。」
少し苦笑いをしながら悠斗は煙草に火を付けた。
美菜はずっと悠斗をじっと見つめて何回も頷いているが、石田は何かを考え込んでいる様だった。
「どうしたの? 石田くん。」
美菜が不思議そうに訊いてくる。
「ああ・・・いや・・・なあ悠斗、前から気になってたんだけど・・・訊いていいか?」
「何を?」
「悠斗って・・・どっちなわけ?」
悠斗は驚いて煙草の灰を小鉢の中に落としてしまった。
「ああっ、俺のもずく酢がっ。」
美菜はその意味を察知して
「石田くんっ! あんたってマジでデリカシーってもんが無いよね!」
と横にいる石田を牽制したが、石田も負けてはいなかった。
「だってよー、やっぱ知りたいじゃん、美菜だって本当は訊きたいんだろ?」
美菜は言葉に詰まった。
「そ・・・そりゃあ、知りたくないって言ったら嘘になるけどさ・・・。」
「だろう? 俺たち友達だし、知っててもいいと思うんだよな。 そうすりゃあ、悠斗の事、もっと理解出来ると思う。」
最初は驚いていた悠斗だが、石田の妙に真剣な顔を見て思わず吹き出してしまった。
「なに? お前そんなに俺に興味があるのか?」
少し意地悪な目で石田を見る。
「アホッ!・・・あ・・・言いたくなきゃ別に言わなくてもいいけどよ。」
「いいよ、別に。 減るモンじゃねーし・・・。 俺・・・ネコ。」
「ネコ? 何じゃそりゃ。」
石田はそっち方面に全く疎いのでネコの意味が解らなかったらしい。
「んー、何つーの? 女役って言やー解るよな?」
悠斗は自然にそう言ったが、言われた石田はたちまち赤くなった。
隣で美菜は「やっぱり」と言う顔をしている。
「おっ・・・お前・・・それって、あれだよな・・・いっ、痛くねーのかよ!?」
石田は食べるのも忘れて悠斗の話に聞き入っている。
「はは・・・今はそうでもねーよ。 そりゃ初めての時は大変だったけどな・・・ってお前等俺の初体験訊きたいのか?」
そう言われて石田と美菜は同時に頷いた。
2人とも未知の世界にとっても興味があるようだ。

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