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悠斗は住んでいるアパートに着くと敷きっぱなしの布団に飛び込んだ。
枕元にある目覚まし時計を見るともうすぐ10時半になろうとしていた。
ーあ〜あ、あいつら今頃ラブホにでも行ってんだろーなー、いい思いすんだから俺の飲み代くらい石田に払わせてもいいってこった。
石田の所持金が足りなくなっているのを知らず、勝手な事を思っている。
目覚まし時計の横にある空き缶に目が止まると、鞄の中に入っている煙草を取り出して火を付けた。
夏紀の前ではなるべく吸わないようにはしているのだが、そんなにすぐには止められないらしい。
ー夏紀さん、今何してんのかな・・・? 同僚と飲んでるよな、やっぱ・・・。
悠斗がそう思ってると携帯が音楽を奏でた。
のろのろと携帯を開いた悠斗はそこに出ている名前を見て思わず身体を起こした。
「もしもし、夏紀さん?」
「うん、今大丈夫?」
少しだけ低い、心地よい声が悠斗をほっとさせる。
「ああ、すげー、俺って超能力があるのかも。」
「え?」
「今さー、夏紀さんのこと考えてた。 以心伝心てやつじゃん?」
「悠斗・・・。」
声だけで照れているのが解る。
「今どこにいるの?」
「部屋だよ、みんなまだ飲んでるんだけど、悠斗の声が聞きたくて抜け出してきちゃった。」
「夏紀さん・・・それ本当?」
悠斗はその言葉が嬉しくて胸が熱くなる。
「本当だよ、今日は逢うはずだったろ? 研修さえなきゃな・・・ごめん。」
「そんなこと・・・だって電話してくれてるじゃん、それだけで俺、嬉しい。」
「今、家にいるの?」
「ああ、さっきまでダチと飲んで帰ってきたとこ。 なあ、そこに夏紀さんだけしかいないの?」
「うん、そうだよ。」
そう言われ、悠斗は目を閉じてゆっくりと言った。
「・・・キスして・・・夏紀さん・・・。」
「ええ? ど・・・どうやって・・・?」
夏紀の慌てた様子に悠斗の口から、くすっと笑みがこぼれる。
「こうやんの。」
と言って、携帯の送話口に唇を当ててチュッと音をたててキスをした。
「どう? 伝わった?」
「う・・・うん・・・たぶん・・・こう?」
耳を澄ませていると、受話口からかすかに悠斗がしたような、けれどどこか拙いキスの音が聞こえてきた。
「・・・電話越しのキスって耳元でされてるみてーで興奮する・・・。」
「悠斗・・・。」
顔を見なくても夏紀の表情が悠斗には手に取るようにはっきりとした「絵」になって見えて来るようだ。
「ね、俺の名前呼んでよ。 夏紀さんに呼ばれるの凄く好き。」
夏紀は少しためらいがちに電話の相手の名前を言う。
「悠斗・・・。」
「もっと。」
「悠斗。」
「夏紀さん・・・。」
「悠斗。」
「俺・・・やばい・・・。」
「え?」
「電話でいいなんて嘘。 逢いたい・・・逢ってちゃんとキスしたい、抱きしめたい、夏紀さんの体温感じたい・・・。」
悠斗はぎゅっと自分の身体を抱きしめた。
そうする事で夏紀を近くで感じていたいかの様に。
「悠斗・・・僕もだよ・・・サラリーマンはこういう時、会社に縛られて損だよね。」
夏紀の言葉はそのまま悠斗の心の中に入ってくる。
「そんなこと言うなよ、俺、解ってるからさ、この前みたいな事はもうやんないよ。 ・・・たまにはグチるかもしんないけど。」
この前とは夏紀の仕事に悠斗が付いてきた事を指している。
ーあん時の俺ってサイテーじゃん、「仕事と私とどっちが大切なの?」って言う女みたいだったよな・・・。
悠斗はそんな自分が情けなくて、夏紀を待ってる間落ち込んでいたのだ。
「でもそのお陰で悠斗の事今までより理解出来たし、僕は良かったよ。」
携帯の向こう側から優しい声が聞こえる。
「夏紀さんて本当、甘過ぎ。 変なとこで真面目なくせにさ・・・。」
「はは・・だから今まで「いい人」で終わっちゃってたりしてたんだよ。」
「そいつら見る目ねーよ、絶対。 俺はそんな夏紀さんが好きだよ。」
「悠斗・・・ありがとう。」
「何でお礼なんか言うわけ? だったら俺の方こそ「俺」を見てくれて嬉しかったんだぜ。 だから、ありがとう。」
「なんだか照れるね。」
「バカップルみてーだよな。 みてーじゃなくマジ、バカップルだな。 ま、いいか、夏紀さんとだったら他人に何て言われよーが。」
2人でくすくす笑いあう。
こんな事が心を満たしていくのを悠斗は感じた。
「悠斗・・・僕は君に会えて良かったよ、生きてきてこんな事があるなんて知らなかった・・・。」
「・・・それってすげー殺し文句だよ・・・夏紀さん。」
悠斗は思わず赤くなり、初めて電話で良かった、と思った。
「え・・・、そうかな?」
夏紀は自分の言った事に悠斗がそんな反応をしてるとは気付いていない。
「お〜い、澤谷〜、お前途中で抜けるなよー、飲み直すぞ。」
悠斗から遠い所で声が聞こえてきた。
どうやら夏紀の同僚が迎えにきたらしい。
「あっ、ごめんっ。」
「いいよ、電話してくれてサンキュー。」
悠斗はくすっと笑って切ろうとすると、さっきの声が聞こえた。
「あー、お前、彼女に電話してたのか〜?」
「彼女じゃないけど、恋人だよ。」
「は〜? わけわからん。 それよりも行くぞ〜。」
ー夏紀さんてば・・・律儀だなー・・・。
そう思いながら終了ボタンを押した。
携帯を充電器に置くと、布団の上にごろんと横になって悠斗は思い起こしていた。
ー俺の過去を全て話しても夏紀さんは同じ優しさを持ってくれる・・・?軽蔑しない?俺は汚れてるよ・・・後悔しても過去は消せないんだ。俺はマジでサイテーな奴だった、相手の気持ちなんかどーだって良かった、あのせんせーの気持ちさえ俺は解ってて利用したわけだし。人成さんが俺の中でずっと消えないのは、きっと寝なかったからだ。
人成への想いは悠斗の中でたぶん忘れる事はないと悠斗は確信している。
それはもう好きという気持ちではなくて、懐かしい、少しだけ切ない想い出として心の奥にしまってあるから。
ー夏紀さんにはまだ人成さんの事は言えないな・・・ごめん・・・でも俺にとっては宝箱のような存在なんだ・・・。夏紀さん、でも俺が今好きなのはあんたなんだよ。好きだよ・・・逢いたいよ、夏紀さん・・・。
悠斗は夏紀の携帯越しに聞こえた囁きのような声を思い出す。
自然に指先が唇に伸びていき、舌で指の形を這わせる。
「夏紀・・・」
そしてその手を自分自身に持っていき、夏紀の声を耳に焼き付けてそれを自分の快感にかえていく。
ーあ〜あ、俺ってやっぱ性欲強いかも・・・。

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