みなも
水面の下の永遠

昭和25年、それは広島や長崎に原爆が落とされて日本がぼろぼろになり、ポツダム宣言を受け入れてから5年がたった頃のこと。
僕らはまだ中学2年生だった。
その当時は、まだまだ戦争の爪痕が深く残っていて、いたる所が廃墟になっていた。
最近になってようやく再建をし始めた大人達、そんな姿を見ていると人間というのはなんて逞しい生き物なんだろうと、僕は思う。
自分の家も焼かれてしまって、疎開から帰ってきた僕は母親と、そして復員した父親と共に一時はいらなくなったバスの中で暮らしていた。
そういうことは珍しくなくて、いたる所にバスの家が並んでいた。
25年の当時はもう、バラックとはいえ、ちゃんとした家になっていたけれど。
そんな暮らしの中でも、僕は中学校に通えていたのだから、まだ幸せだったのかもしれない。
そして・・・僕にはその頃、とても愛しい人がいた。
彼は・・・そう、彼、なのだ。
自分と同じ男なのだ・・・。
何故? と聞かれてもそれに答える術が僕にはない・・・。
彼の名前は風間 噤(つぐむ)だ。
今考えると、彼にぴったりの名前だったと思う。
我が儘で、プライドが高くて・・・なのに僕を惹き付けて止まない。
僕の名前は吉田 喬(たかし)。
その当時の首相と同じ苗字だったことでよくからかわれたっけ・・・。

一番大人になりたくて、一番大人になりたくなかった頃・・・。
その日は秋の風が少し吹くようになっていた9月の終わりだった。
学校は何とか空襲にも耐えた、木造2階建ての建物だ。
授業の間の少しだけの休み時間。
彼が同じ組の女の子と一緒に教室を出て行くのが見えた僕は、思わず後を付けてしまった。
彼らは人気のない裏庭にいた。
「あの・・・これ、受け取ってください。」
少女は噤に手紙を渡している。
いわいる、恋文ってやつ・・・。
「受け取るだけならいいけど・・・。」
「ありがとうございます。」
そう言って少女は踵を返し、その場を恥ずかしそうに走り去っていった。
噤といえば・・・貰った封筒をしばらく気のなさそうに眺めていたが、ふいに
「おい、出てこいよ、喬。」
と僕の名前を呼んだ。
僕はばれていたなんて気付かなかったから、身体が硬直したけれど、諦めるしかない。
「た・・・立ち聞きするつもりはなかったんだ。」
下手な言い訳だ、きっと噤も僕が後を追いかけてたのを解ってるに違いない。
「そんなこと、どうだっていいよ。」
噤は興味なさそうに言う。
「良くないよっ、きっと一生懸命書いたんだよ。」
この時代に、女性から告白するなんてまだまだ珍しかったのだ。
「じゃ、お前にやるよ。」
その言葉に僕はムッとした。
人の気持ちの解らない奴なんだ、噤は・・・。
「噤っ、お前」
「授業、さぼっちゃおーぜ。」
僕の言葉を最後まで言わせずにとんでも無いことを言い出す。
親の仕事を手伝って学校に来られない人たちも沢山いるのに、こんな事がばれたらすごく怒られるかもしれない。
噤が僕の腕を強引にひっぱり走り出す。
僕の心配する気持ちもかまわずに・・・。
けれど、そんな噤に反論なんて出来るわけがない。
だって、僕は噤が好きなんだから・・・。

NOVELTOP← →NEXT