水面の下の永遠 
No.2


噤が僕を連れ出したのは、学校からそう離れていない草の茂る原っぱだった。
そこに座り込んで、しばらく2人で緑の香りを吸っていた。
しばらく嗅いでない匂いだった。
「こうしてると5年前の戦争が嘘みたいだな。」
噤が話しかけてきた。
「うん、あんなに沢山人が死んじゃったのに・・・何もなかったみたいだ。」
こうしてると、平和がずっと続いていた気がする。
もう、日本は二度と戦争はしないという平和憲法が施行されたのはもう、3年も前の話だ。
まだ幼い僕らは、今まで学校で教えられていたことと、終戦後の教育が正反対だということが不思議でならなかった。
「俺の父ちゃんは死んじまったのにな・・・。」
空を見上げてぼそっと噤が言う。
そう・・・噤のお父さんは戦地で敵に殺されたのだ。
残された彼の母親は、噤と妹を育てなくてはならないので大変だと、前にうちの母親から聞いたことがある。
それでも子供には勉強をして欲しいという希望で、かなり無理をして噤を学校に行かせているのだ。
「噤・・・でもお前がいるじゃないか。 皆、お前に期待してるんだよ。」
それは嘘じゃないと思う。
噤の母親だって、それを望んで学校に行かせてるわけだし・・・。
なのに噤はどこか遠い目をして僕の言葉を聞いている。
「お前はどうなんだよ?」
「僕? 僕だってそうさ、噤みたいな友達を持って幸せだよ。」
それも本当。
少し嘘だけど・・・。
ただ、僕は噤のそばにいるのが幸せなんだ。
噤は僕の顔をじっと何か言いたげに見たかと思うと、
「そーかよっ」
と言って寝っ転がってしまった。
何だよ、いきなり怒り出しちゃって・・・。
噤の考えている事がよく解らない。
大概、僕がそれに振り回されているんだ。
・・・・・・噤・・・・・・。
そんな噤が僕は好きだ・・・。
その日本人にしては白い肌や、坊主頭より少しだけ長い髪や・・・。
噤を見ると寝息を立てて眠っているのが解る。
・・・・・・噤・・・・・・。
瞳が綺麗。
鼻が綺麗。
口が綺麗。
・・・・・・身体が綺麗・・・・・・。
綺麗な綺麗な噤・・・。
そして、僕は気付くと噤の唇に自分の唇を重ねていた・・・。
柔らかいそれを僕は包み込む。
いけないとは解っているはずなのに、吸い寄せられてしまったみたいだ。
噤が眠っているのを解っていて、口吻た。
なのに・・・僕が目をうっすら開けると、噤の目は開いている。
それに気付いて、僕は慌てて噤から離れた。
どうしたらいいのだろう・・・?
冷や汗が頬を伝う。
噤は身体をゆっくりと起こすと、口を開く。
「友達?」
その言葉に血の気が無くなっていく。
「なあ、喬、友達だって?」
そう言って、噤は、あはははと愉快そうに笑った。
僕は何も言い返す事が出来ない。
「大層な友達だよなぁ。」
「こ・・・これはっ」
「どういう事だよ?」
もう、何を言っても逃れられない気がして、僕は思いきった。
「だって・・・だって仕方無いじゃないか! お前だって本当は僕の気持ちなんか気付いていたんだろ?」
そうだよ、噤が気付かない訳がない。
僕がずっと噤を見ていた事や、それ以上の事を望んでいた事を解っていたはずだ。
それを黙って聞いていた噤の口元が、フッと上がる。
「だからって寝込みを襲ったって訳か?」
「そんなっ」
余りの恥ずかしさに僕は赤くなった。
何もそんな言い方しなくてもいいじゃないか。
その目の前に噤の顔が近づく。
「!!」
そして一言言い放った。
「気色悪いんだよ。」
僕はそう言われて呆然と立ちつくした。
そんな僕に噤は一瞥を向けて、その場を去った。
頭の中が真っ白だ・・・。
そんな風に拒絶されるとは・・・思ってなかった・・・。
僕は何て思い上がった人間だったのだろう。

それ以来、僕も噤もお互いに殆ど口をきくことは無くなっていた。
それだけではなく、噤はあの時恋文を渡した少女と親しくなったようだった。
ある時、道ばたで2人を見かけた時、僕がいるのに気付いて噤は少女にキスをした。
その途中に僕の方をちらっと見ながら・・・。
僕はかぁっとなって来た道を戻るしかなかった・・・。
こんな風になってしまったのは、僕の所為だろうか?
僕には噤の真意がその時はまったく解らなかったのだ。

それから中学を卒業すると同時に僕らは別々の道を辿って、きっともう二度と会うことは無いと思っていた・・・。


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