水面の下の永遠 
No.3


最後に噤と離れてから・・・あれから14年の月日が流れていた。
昭和39年。日本が高度成長期の真っ只中、彼がどうしてるかなんて知るよしもない。
そして・・・僕は・・・。
「どうだ?入ったか?」
「はいっ。」
僕は刑事になった。
今、僕ら、僕と先輩刑事2人の3人で麻薬の売人の住処を尾行してる真っ最中だ。
戦時中に兵士達を奮起させる為に配給されていたヒロポンは、戦後ヤミ市で一般市民に売られ、社会問題となり、その後はありとあらゆる麻薬が日本を蔓延している、いわば戦後の日本の裏の大きな悩みとなっていた。
見つからないように慎重に後を付ける。
密売人は今にも壊れそうなビルに入っていったところだ。
足音をたてないように静かに自分たちもそこに入って行く。
もう、何十人こういう人間を捕まえてきたのだろう。
いくら警察が頑張ってみたところで全てを排除出来るわけじゃない。
捕まえても、後からどんどん同じ事をする人間が出てきてしまうからだ。
その男は周りを警戒してるのか、キョロキョロしながらドアの前に立ち、鍵を開けてそこに入っていった。
それを見届けた僕はその前で聞き耳をたてる。
「どうだ?」
中は静かで僕らに気付いた様子が無いことを確信した。
「大丈夫です。」
「よし、行くぞ。」
先輩のかけ声とともにドアのノブを回す。
鍵は掛かっていなかった。
いつもこの時が一番緊張する。
一気にドアを開けて、拳銃を向ける。
「動くな!!」
密売人はそこにいた。
焦って逃げようととしたが、先輩に押さえつけられ暴れている。
「しまったー!」
「こいつっ、おとなしくしろっ!」
「ちくしょう!!」
先輩2人と密売人が格闘してる間に僕は拳銃をしまい、ホッと息をついた。
中には、警察が来ると解って、ドアを開けた瞬間に反撃してくる者も少なくないのだ。
そんなことを考えていると、ガサッという音が奥にあるソファから聞こえてきた。
僕はハッとして緊張してくる。
他に人間がいたなんて気付かなかった。
いったいどんな奴がそこにいるのか、情報ではまったく聞かされていなかったから・・・。
「・・・何だよ・・・。」
気だるそうな声がソファから聞こえてくる。
・・・・・・え?
僕にはその声に聞き覚えがあった。
忘れようとしても忘れられない、懐かしい声・・・・。
一気に胸が高鳴るのを感じる。
自分の心臓の音が耳に聞こえてくるようだ・・・。
まさか・・・そんな・・・。
声の主はゆっくりとソファから身体を起こしていった。
顔まで出てくると、僕の胸はいっそう強く響く。
男が顔をこっちに向けた瞬間、僕は後ずさった。
出来れば、もう二度と会いたくなかった僕の愛しい人間・・・噤がそこにいた。
一目で彼と解ったけれど、昔のような健康そうな顔ではなく、むしろ今の顔はどこか頽廃的な雰囲気を醸し出していた。
噤は最初僕に気付かなかったけれど、フッとあの時と同じ笑みを浮かべて、
「久し振りだな、喬。」
と言って、僕を見た。
「何でこんなところに・・・。」
そう言ってソファの横に行くと、噤は上半身、裸だった。
しかもその痩せた身体にはいくつもの赤い斑点が付いている。
「噤・・・それ・・・。」
「何だよ。」
「い・・・今の男がやったのか?」
何故かその印を付けたのが、男だという気がした。
「沢山あってどれのことだか解んないんだけど。」
噤はさも当たり前の様に言ってくる。
僕の頭の中はこんがらがった。
「か・・・彼女はどうしたんだ?」
「彼女?」
「あの時、お前と付き合ってただろ?」
「ああ・・・もう顔も忘れた。 あんな女別にどうだって良かったんだよ。」
何となく、そう言われる予感はしていた。
あの少女は僕への腹いせに付き合ってる様にしか見えなかったし、それに2人は全然違う世界の人間に見えていたから・・・。
「噤っ。」
そう言って噤を見ると、その腕に注射針の痕があるのに気付いてしまった。
僕がそこを見ているのに気付き、さっと腕を後ろに隠して、
「だから何だよ、俺の勝手だろ?」
噤はそう言ったけれど、それを見逃す事は出来ない。
「そんな訳にいかないよ。」
「うるさいんだよ、刑事でもないくせに。」
言ってから、やっと噤は周りの状況を把握したらしく目を見開いた。
その瞳には、先輩が密売人を手錠に掛けている光景が映っている。
「・・・刑事なのか?」
「ああ・・・。」
「ハッ!!そう言えばお前は昔から正義感が強かったもんな。」
そう言って、はははと笑い出した。
僕はやりきれない思いでいっぱいだった・・・。
何故? どうして麻薬なんかに手を染めてしまったんだよ、噤・・・。
僕にはお前が解らないよ・・・。

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