水面の下の永遠 
No.4


少し薄暗い、四角い部屋の中、あるのは机と椅子と照明のみ。
そう、ここは取調室だ。
噤と向かい合わせに座っている。
本当は刑事は2人いなくてはならないのだけれど、僕が無理を言って頼んで噤と2人だけにしてもらった。
警部もその方が噤がしゃべりやすいと思ったらしく、OKを出してくれた。
もう、2分位口を開けずにいると、噤から話掛けてきた。
「何か言えよ、取り調べなんだろ?」
噤は不適な笑みを浮かべている。
「ーどうして・・・。」
僕は噤の顔が見られずに横を向いたまま言った。
「何が?」
「どうしてこんな事になったんだ?」
僕がそう言うと、噤はニヤリと笑う。
「それを調べるのがお前等警察の仕事だろ?」
「噤!!」
思わず僕は机を両方の拳で叩いた。
ダンッという音が部屋の中にこだまする。
「お前・・・怒ってばっかだな。」
妙に落ち着き払った言い方に僕はムカッとした。
「当たり前だろ!? 何考えてるんだよっ!」
そう怒鳴ると、噤はため息を1つついて、その顔から皮肉な笑い顔が消えて、少しだけ哀しそうな複雑な表情になった。
「何も解って無いんだな・・・。」
「何がだよっ!?」
「・・・喬・・・。」
噤は椅子から立ち上がり、のっそりと僕の方へ近づいて来た。
何をしたいんだ、噤は・・・。
僕がそう思った瞬間、噤の手が僕の顔にふれ、唇が塞がれた。
「!?」
何が起こったのか一瞬解らなかった。
混乱している僕を無視して、容赦なく噤の舌が僕の歯を割って進入してくる。
僕は息をするのも忘れて、苦しくなってくる。
「やっ・・・やめろ!!」
思いっきり頬を殴り、その反動で噤は床に転げた。
僕は苦しさから解放されて肩で息を整えるのが精一杯だった。
「自分からはしたくせに、人にされると怒るんだな。」
そう言われてカッと赤くなった。
「・・・・・・・・・っ。」
確かにそうだ。僕はあの時、もっと卑怯な事をしたのだ。
自分の欲望を押しつけたんだから・・・。
でも、だからといってこんなことが許されるのだろうか?
「教えてやるよ、俺がどんな思いでいたか。 お前がどんなに無知だったか。」
噤が話しだしたけれど、僕はまともに顔を見ることが出来なかった。
「戦争で親父が死んでから家の中は無茶苦茶な状態になっちまって・・・。」
その事なら、知っている。
だからこそ、僕は噤の側にいて何か力になりたかったんだ。
なのにどうして今更そんなこと言い出すんだよ・・・。
「・・・それで・・・売ったんだよっ、自分の身体を!!」
「ーえ・・・?」
今まで生きてきた中で、これ程ショックな言葉はなかった。
人は余りの衝撃を受けると、思考が止まってしまうのがこの時解った。
売った?噤が自分を・・・?僕と一緒にいたあの時期に・・・。
「そうだよな、お前は何にもこれっぽちも気付かなかったんだよな!!」
「う・・・嘘だろ?」
「嘘じゃねーよっ!」
噤が立ち上がって、僕の方に向き直る。
「お前考えたことあるか?」
責める様に僕を見据える。
視線を逸らすことしか出来ない。
「女のそれとは違う男の体臭や、いやらしく発せられる息遣いや突き上げる痛みや、身体中這いずり回る舌や・・・。 お前にわかんのかよっ!?」
そう言い切った噤は息が上がって辛そうになった。
僕はどうしていいか解らない・・・。
噤の瞳から涙が伝ってきて、今まで張りつめていた物が切れた様に、僕にすがりついた。
「喬といる時だけは・・・汚れない純粋なままでいられる気がしたんだ・・・。」
苦しい・・・息が出来ない・・・。
ボクノセイダ・・・。
どうしてあの時諦めてしまったのだろう・・・。どうしてもっと解ろうとしなかったのだろう・・・。
拒絶されて、それだけで精一杯だった馬鹿な子供。
結局僕は、一番噤の近くにいると思っていながら、噤の苦しみなんかまったく理解してなかったんだ。
もっともっと嫌われても鬱陶しがられてもずっと側にいるべきだったんだ・・・。
僕は泣いている噤を抱きしめていることしか出来ない・・・。


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