なろうよ。

〜先生の視点・1〜

放課後の美術室。 部活が終わって俺がイーゼルを片づけていると1人の生徒が入ってきていきなり言ってきた。

「先生、好きなんだ。 付き合ってよ。」

教師生活約4年。 このドラマのような漫画のような告白にどんなに憧れていただろう。
絶対に教師になった人間ならば1度はされてみたいと思ったことがあるに違いない。
それが今、現実に起こってるんだなぁ、などと同僚の横山に優越感を抱いたりなんかして。
って、そんなこと思ってる場合じゃないっ。 確かに生徒からの告白を夢見てはいたが、何でっ、何でっ、告白してきた生徒が男なんだよーっ!?
ありえないぞっ。 こいつ、誰かと間違えてるんじゃないのか?
「あのさ……君……」
「西尾」
「ああ、じゃあ、西尾、あのさ……俺は男なんだけど」
「そんなの知ってるよ。 先生は差別する人なのか?」
にっこりと笑う西尾に俺は呆気にとられた。 ここで「そうだ。」なんて言ったら教師失格じゃないか。
「そういう訳じゃないが……」
「んじゃいいじゃん。 な、俺と付き合おうぜ」
平然と言い放つこの男子生徒はじりじりと俺との距離を縮めてくる。 
ちょっ……ちょっとまってくれ〜! 何でそんな結論にたどり着くんだ〜?
「あー……俺は教師だし、お前は生徒だ。 やっぱりそういうのってまずいだろう?」
何でもいいからとにかく言い訳をして、この場を去ってしまおう。 腕力じゃ勝ち目もなさそうだし、こいつだって本気なのか冗談なのか良く解らないし。
そう思ってると西尾がゲラゲラ笑い出した。
「よっく言うよ。 先生だってチャンスがあれば生徒とやりてーとか思ってるくせに、男に告られたらそーやって逃げんのかよ?」
げげっ! 全部お見通し? そりゃあ、俺だってピッチピチの女子高生とやれるもんならやりたいさ。 だからこそ生徒からの告白なんていう使い古された手にまで憧れていたのに……それなのに、どうして男に告白されにゃならんのだ。
「なあ、何か言えよ。 俺だって先生なんか好きになるなんて思ってもみなかったんだから」
いつの間にやら俺は準備室のドアにまでにじり寄られていた。 何かやばそうじゃないか? 
「き・・・君の気持ちは嬉しいけど……でも俺は西尾のことも良く知らないわけだし……。」
「じゃ、これから知ればいいだろ? 俺は本気だからな」
うわー、こいつ怖い。 このままじゃ何だか襲われそうだぞ。
その時、ガチャッと横山が美術室に入ってきた。
「日下部先生、いますか?」
俺はこの時ほど横山が良い奴に見えたことはない。 まるで天使さまさまだ。
西尾はチッと舌打ちをして
「じゃ、先生、さっきの件、考えておいてくれよな」
と諦めて俺の側を離れて、「ざけんなよ」と言う捨て台詞を横山に投げて教室を出て行った。
ボー然と見送った横山は「何で僕が?」っていう顔をしながら俺を見たけど、そんなのどうでもいい。 とにかく俺は西尾から逃れられたことにホッとした。
よしよし、今日は出血大サービスで牛丼特盛り奢ってやろう。



「ええ? じゃあ、あの時西尾くんに告白されてたんですかー?」
俺の奢りで腹一杯になった横山が驚いて素っ頓狂な声を上げた。
「……まあな」
「まあなって……それで日下部先生はどうするつもりなんですか?」
「どうするもこうするも、相手は男だぞ」
「それはそうでしょうけど、でも僕のことすっごい目で睨んでたし、きっと西尾は先生に本気ですよ」
「勘弁してくれよー」
頭を抱えて困ってるポーズをしたが、牛丼の器に髪の毛が入ったので慌てて顔を上げて横山を見た。
俺は美術の教師、こいつは生物の教師で2人とも1年の副担なんてやってるから授業がないとヒマでしょうがない。
準備室があるから割と授業がないときなんかはお互いに部屋を行き来したりしてる、まあ、仲の良い同僚だ。
同い年なのに俺に敬語を使ってるのが違和感があるが、きっとそーゆー風に育てられたんだろう。
「でも、西尾くんて結構女子にも人気があるみたいですよ。 ほら、爽やか系だし」
「だったらお前が付き合えよ」
「好みじゃないので遠慮しておきます」
人ごとだと思って笑ってんじゃねーよ、俺だって好みじゃないっての。
そりゃあ、誰がに告白されるのは悪い気分じゃないし、ちょっとだけドキッとしたのも本当だけどさ、でもやっぱり男が男を好きになるなんて不自然じゃないか? そう横山に訊いてみたら意外な答えが返ってきた。
「そうですか? 僕はそんな風に決めつけるのはどうかと思うんですけどねぇ。 だって性別で好きになる基準を決めるわけじゃないし、それって可能性を半分自分で切ってるんですよ? 勿体ないじゃないですか」
「そ……そうか……?」
世の中にはそんな考えの奴もいるのかぁ、と妙に感心してしまった。
何だかそう言う風に言われると、自分がとーっても了見の狭い人間に思えて来るぞ。 俺が間違ってるのか? 
いや、でも付き合うってことはそれに伴って色々とやることがあるじゃないか。
男同士でどうやってやれって言うんだ。
あ、でもちょっと待てよ。 普通のカップルだってセックスレスが増えてるっていうし、それだったら理解出来ないこともないかもしれない。
授業のときでさえ大して頭を使わない俺は、考えすぎて目が回りそうだ。
「そしたらお前は男を好きになったことがあるのかよ?」
そうだよな、そこまで言うならそういうことだろ?
横山はに〜っこりと微笑んで言った。
「理想と現実は違いますからねー、あるわけないじゃないですか、そんなの」
何なんだよ! それはーっ!! くっそーっ、騙された!!
「でも僕は同性愛に理解はあるつもりですから、もし日下部先生がそうなっても全然構わないですよ」
俺がかまうっつーの!! 結局面白がってるだけじゃないかよ。
ぶちぶちと独り言のように文句を言い続ける俺に横山は
「僕は西尾くんの気持ち、ちょっと解るけどなぁ。 だって日下部先生って他の先生よりずっと生徒と近い場所で接してるし、話しやすいし、ハンサムだしね」
とかおっそろしーことを言ってくる。 解らなくていいっての。
まあ、ハンサムってのはその通りだけど。 んにゃ、だったらどうして女子は俺に何にも言って来ないんだよー。
「ああ、そうか、先生は男同士だとどうやってセックスするか解らないから困ってるんでしょう?」
おおおおおおっ? おりゃそんなこと一言も発してないぞ。 心の中ではさっきそう思ったけど、ってなんでこいつはそう話が飛ぶんだ?
「それ以前にどーやって男に欲情出来るんだよ?」
そうなのだ。 セックスするにはまず相手に対して性的興奮をしなけりゃ始まらないわけで、平たく言うと勃起しなきゃいけないってことだ。 そんなの絶対無理!
横山はニヤニヤとし始めたかと思うと、つつっと俺の手の甲に指を触れて
「じゃあ、僕で試してみます? 日下部先生」
とか言い出して来た。
目を見張って相手を見ると……何か目がマジっぽいんですけどっ。
「かっ……帰る」
俺の危険信号が黄色になっている。 今日のこいつはかなりやばそうだ。
早くマイホームに帰ろうっと。 俺のマイホームじゃなくて親の家なんだけどさ。
そして俺はじーっとこっちを見てる横山から逃げるようにオレンジ色の看板を後にした。 背中に視線を感じるけど気付かなかったことにしよう。



準備室が俺の城だ。 もう1人、美術教師がいるにはいるんだけど、担任なんて持ってるからその人は職員室に行ってるのでここは俺が自由に使えるし、この油絵の具の匂いが堪んないんだよな、人に言わせると変な趣味らしいが。 
「カベちゃん、もうすぐ部活始まるよ〜ん」
ドアが開いて美術部の部長の小山内が俺を呼びに来た。
「おお、了解」
俺は美術部の顧問なんかを引き受けている。 部員だけは何故だか俺を「カベちゃん」と呼んでいて、俺も悪い気はしないから定着した。
小山内は美人の部類に入ると思われる顔立ちで面倒見もいい。 実は少しの間だけ小山内を狙っていたことがあったが、彼氏持ちだと知ってすっかり冷めてしまった。
俺の性格上、障害があると直ぐに諦めてしまう。
あ、先生と生徒もかなりな障害か? でも相手から言ってくれればOKなんだよな、ははは、それが男じゃなけりゃな。
そう考えたら西尾って凄い奴だよなぁ、だって同性ってすんごい障害じゃないか。 彼氏持ちなんて障害とは月とスッポンだ。
きっとあんなに軽く言ってたけど、俺がそう思っただけかもしれないし。
どうしたらいいんだよ、西尾は生半可な断り方じゃ諦めてくれそうもない。
はぁ〜。 
溜息を付きながら準備室を出て美術室に行くと、小山内が
「カベちゃん、今日から新入部員が入ったんだよ」
と嬉しそうに椅子に座っていた生徒を紹介してきた。
今頃新入部員? とか思ったが俺は顧問、歓迎しなけりゃな。
にっこりと微笑みながら新しい部員の方に視線を向けた、んがっ、顔が見えた途端笑顔は引きつった。
「1年4組の西尾です。 よろしくお願いしま〜っす」
変わりに新入部員の満面の笑顔がそこにあった。
あ〜、唯一生徒と気兼ねなくくっちゃべっていられる時間だったのに、これからはそれも許されなくなるって言うのかー!?
無神論者の俺だけど今だけは神様を恨んでやるぞ〜、オーマイガ〜ッ!!

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