おいでよ。
〜1〜

俺は頭を抱え込んで美術室にある木製の四角い椅子に座って悩んでいた。
どうしてこの前、横山にあんな事言っちまったんだろう・・・? 勢いに任せてたからとはいえ、俺が西尾をヌイてやったなんて・・・あまつさえ付き合ってるなんて・・・。
まるで誘導尋問にまんまと引っかかった犯人の気分だ。 いや、しかし待て。 あーでも言わなけりゃもっとヤバイ事になってた気もする。
それにしてもまさか横山の奴がゲイだったとは迂闊だった。 
しかも俺を好きだって? 何でだ? どうして俺に告って来るのは男ばっかなんだよ!
もしかして俺ってばホモ好きでもするオーラでも出してんのか?
嗚呼(ああ)、俺の夢、女子高生とのエッチは本当の夢で終わっちゃうんだろうか。 
俺は巨乳好きなんだよ、なのに何で真っ平らな胸の男子生徒と付き合う事になったんだっけ?
「カベちゃん、今、女の事考えてただろう?」
横で不機嫌そうな声が聞こえてきて、そっちを見ると西尾が隣の椅子に座ってブーたれていた。 ―― いつからいたんだ?
考えたら横山にばれたのってこいつがちゃんと後始末しなかったのが原因じゃないかぁ?
しかも横山に付き合ってるなんて言いやがったのだって絶対にワザとだ。 童貞のくせに何て独占欲が強い奴なんだ。
「どうでもいいだろ、そんな事。」
「良くねぇよ。 カベちゃんさぁ、俺達恋人同士なんだぜ、解ってる?」
「・・・・・・。」
おいおい、西尾の奴・・・何だかつけあがってないか? この前はあ〜んなに従順だったのにっ。
ディープキスしてやった時の余裕の無い顔なんて本人には絶対言ってやらないけど、はっきり言ってかなりきた。
なんと言ってもキスしただけでこの俺が勃起したんだからな。
「何で返事しねーんだよ。 あ、解った、エッチ出来なかったからだろう? やっぱあれだよな、エッチしねぇと本当の恋人同士とは言えないもんな。」
「そーゆー問題じゃない!」
1人で納得して頷くなっつーの。 告白された時から思ってたけど、こいつって思い込み激しいよな。 その点じゃ横山とそっくりだ。
大体いつまでたってもセックス出来ないのはお前の所為だろうが。
ここ1週間の間に数回チャレンジしたがその度に俺が蹴られるか殴られるかして終わりだ。 一昨日なんか急所を蹴られて死ぬかと思ったぞ。
こいつは本当にやる気あんのか!
などと言う俺の不満を知ってか知らずか西尾は熱っぽい目で俺を凝視してる。
くっそー、1度でも可愛いなどと思ったのがまずかった。 見つめられると俺の意志より先に本能が目覚めだしてきやがる。
「カベちゃん・・・。」
甘ったるい声を出す西尾が段々小悪魔に見えてくる。 誘ってるんなら最後までやらせろよ、この野郎!  
顔が近づいてきたから目を伏せようとして、ここが美術室だという事に気付き慌てて右手で西尾の顎をグイッと押しやった。
「何すんだよ。」
お前、俺の立場を理解してないだろ!?
「何すんだじゃないっ。 ここは美術室なんだぞ、誰かがいきなり入ってきたらどうすんだ!」
「そっかー、横山にまた邪魔されたくないもんな。」
・・・・・・否定するのも馬鹿らしくなってきた。 高校生は気楽で羨ましいぜ、全く。
「あ、そうだ、これからウチに来ねぇ?」
思いついたようにポンッと手を叩いた西尾にぎょっとした。
「お前は一体何を考えてるんだ? そんな事ムリに決まってんだろう。」
「何で?」
首を傾げてる西尾は俺が教師だって事を忘れてるんじゃないか?
「お前の親に何て言えばいいんだよ?」
セックスしに来ました〜。 何て言ったらそれこそブタ箱行きだぞ、俺はそんなリスク背負うなんて真っ平ごめんだ。
そんな心配を余所に西尾はへらへらしながら脳天気に言ってくる。
「大丈夫大丈夫。 ウチの母ちゃん働いてるから夜になんないと帰って来ねーもん。」
そう言えばオヤジさんは亡くなったって言ってたっけ・・・?  見掛けに寄らず結構苦労してるのかもなぁ。
「それにさぁ、またいつ横山が出て来るかわかんねーじゃん? あいつそのうち絶対盗聴器とか付けるぜ。 もしかしたらもう付けてるかもしんねーし。」
うっ・・・。 それは俺もちょっと思ってた。 何か知らんがいつもタイミングを見計らったように出てくるよな。 よし、今度探してみよう、コンセント型が多いって聞くからそこから調べてみるか。
「だから、なっ! ウチ行こうぜ。 それにさ、床でやるのって背中痛ぇし。」
確かになぁ・・・俺も膝立てるの正直辛いんだよなぁ。 
「絶対、親はいないんだな?」
念を押すと西尾の顔がパァッと満面の笑顔になった。
何だよ、可愛いじゃねーか、ちくしょう。
「絶対大丈夫! 俺が保証する!」
お前に保証されてもなぁ・・・と思いながらも必死に俺を説得してる西尾が妙にいじらしく見えてくる。 そんなに俺としたいのか、この男子生徒は。
「しょうがねーな・・・。」
「やりぃ〜。」
と言って無邪気に抱きついてくる西尾を見て嬉しくなった自分が情けなくなった。
俺ってもしかして流されてる? 一回りも違う生徒に流されてるのか〜っ?




ガチャガチャと玄関の鍵を開ける西尾は昔から鍵っ子だったのだろうか? とか考えながら「どうぞ。」と言われるままに家の中に入った。
「お邪魔します。」
「誰もいねーって。」
西尾はくすくす笑っているが、これは習性というやつだ。 お前も社会人になれば解る。
それでなくても生徒の家に、ましてや「恋人」なんつー肩書きの付いた人間の家に入る時は誰もいなくても緊張するもんだろう。
入ると妙にシトラスの香りが漂ってきた。 横を見ると芳香剤が置いてあったからその所為だ。
俺の家なんかは親がいるから玄関入った途端線香の匂いがするんだよなぁ。 それに比べて随分と小洒落た香りがするもんだ。
とか感心してると「こっち。」と言って2階にすたすたと西尾が上っていったから後から慌てて付いていく。
西尾の棲んでる家は母子家庭にしては結構広そうな1軒家だった。 聞くとオヤジさんが生きてた頃に建てたらしい。
階段を上ると目の前の扉を開いて
「ここが俺の部屋。」
と言って手招きをされる。
あ・・・年甲斐もなく妙にドキドキしてきた。 丁度西尾と同じくらいの時に付き合ってた彼女の部屋に入った感覚と似てる。 こういう気持ちって最近あまり湧かなかったから新鮮だ。
「適当に座っててよ、俺着替えるから。」
「あ・・・ああ・・・。」
玄関はシトラスだったがさすがにこの部屋は男臭い。 そりゃそうだ、こいつは間違いなく男でしかも青春真っ盛りな年頃だもんなぁ。
これが女子高生の部屋だったらイイ匂いなんだろうな・・・ぬいぐるみとか置いてあったりしてさ。
見渡してもそんなものは1つもなく、あるのは漫画だらけの本棚とか、その上には昔作ったと思われるプラモデルとか・・・色んな物が乱雑に散らばっていていかにも男子な部屋だ。
「いてっ。」
ベッドに寄りかかっていた俺の腰に固いかごがぶつかって「何だ?」と思って引きずり出してみて目を見張った。
かごいっぱいに入っていたのは大量のエロ本だった。
・・・何だ、西尾の奴、やっぱホモじゃねーじゃん。 
そう思いながら西尾をチラリと見るとTシャツにまだ下のズボンを脱ごうとしてるところだったから、その隙にとエロ本をぱらぱら捲った。
童貞のうちからこんなのばっか読んでると実際にやるとき相手の女の子に失望しちまうぞ、とか思う。
AVとかエロ本の女の子は何でもしてくれるが実際はそうもいかないからな。 経験者の俺が語るんだから間違いない。
「ああっ! いつのまに見つけたんだよ!」
西尾のむくれ声が聞こえて本から視線を上げると短パンを履いてラフな格好になっていた。 
「お前さぁ、こんな解り安いとこにエロ本隠すなよ。」
定番過ぎて笑えるぞ。 と言うと「うっせーなっ。」とベッドにダイブした。
ベッドを背もたれにしていた俺の髪が空中散歩する。
「どうでもいいが貰ってくぞ、これ。」
「はぁ!?」
「俺が買ったやつやるからトレードしろ。」
そうそう何回も同じ本で抜けるわけないからこの提案は建設的だと我ながら思う。
「・・・エロ教師!」
「AVも貸してやるぞ。」
「ううっ・・・。」
はっはっはー、悩み出しだな、西尾。 高校生と言えば見たい盛りだもんなぁ。 誰がAV持ってるかを血眼になって探してる年頃だ。
暫く唸っていた西尾は決心した様に顔を上げて
「・・・カベちゃんオススメのやつなんだろうな?」
と訊いてきたから「当たり前だろう。」と言ってやった。
ヘボいの貸したら後で何て言われるか解ったモンじゃない。
「・・・じゃあ、いいよ。 ―― でもさー、何かこれって変じゃねぇ?」
「何が?」
「恋人なのに、エロ本だのAVだの貸し借りするのって普通しないよな?」
言われてみればそうかもなぁ・・・。
「ま、男同士なんだから気にするな。」
言ってからそれこそ変じゃないか? とか思ったがそんなのはこの際細かい事だ。
「お前のオススメはどれなんだよ?」
山の様にある雑誌を指すと西尾は目を輝かせて
「俺のオススメは〜、これっ!」
と言って端っこが擦り切れた1冊を取り出した。 ―― お前一体これで何回やったんだ?
「可愛い娘(こ)がいっぱいいて〜、この袋とじのとこがすげーんだ。」
ふ〜ん、と言いながら捲っていくと確かに可愛いんだが・・・貧乳じゃないか!
「俺はもっと巨乳がいっぱい載ってる方がいい。」
「・・・オヤジだ。」
ぼそっと呟く西尾の頭をベッドの下にいる俺が腕を伸ばしてぐいっと引き寄せる。
「うるさい。」
「カベちゃん・・・。」
生意気な口を塞ぐ。 途端におとなしくなるこいつをやっぱり愛おしいと思っちまう。

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