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「・・・ん・・・」
コーヒーの香りで悠斗が目を覚ます。
とても気分のいい目覚めだ。
「あ、起きたかい?顔洗ってきたら?」
夏紀が笑顔で話しかけてきた。
「ああ、・・・んーーー。」
大きな伸びを一つする。
洗面所に行くと、新しい歯ブラシが置いてあった。
「ああ、買い置きがあったから、それ使って。」
夏紀がコーヒーをカップに注ぎながら言う。
言われるままに顔を洗って、歯を磨く。
こんな風に他人の家で朝を迎えることは悠斗にとって初めての経験だ。
まるで新婚さんにでもなった気分だった。
悠斗がテーブルにつく頃には、もうコーヒーとトーストが用意してあった。
本当は朝は食べないのだが、また怒られそうなので、黙っていておく。
「こんな物しか用意出来なくてごめんね。」
夏紀が謝った。
「いや・・・充分だよ、いただきます。」
悠斗はパンをぱくつきながら、
「なあ、何か書くもんない?」
と聞くと、
「え?ちょっと待ってて。」
と鞄の中から夏紀が手帳を出してきた。
「これしかないけど、いいかな?」
「ああ、サンキュー。」
と言うとそこに何かを書き出した。
書き終わると、それを夏紀に渡す。
「はい、これ。」
「え?」
「俺の携帯番号。」
「ヒトナリくん・・・。」
夏紀の顔が緩んでいく。
「あ・・・ありがとう。・・・ああ、じゃあ、僕のも教えなくちゃね。」
慌てて携帯を出そうとする夏紀を悠斗は止めた。
「いいよ、面倒だから。俺、昨日みたいな時は携帯持っていかない事にしてるんだ。あんたからかけてきてよ。」
「そ・・・そうか。」
パンを食べ終わると、悠斗はコーヒーを一気に飲んで立ち上がった。
「ごちそうさん、じゃ、俺帰るわ。」
「ああ、昨日は楽しかったよ、また、会ってくれるよね?」
夏紀が心配そうに聞くのを悠斗は、
「その為に携帯教えたんじゃん。」
と言って笑った。
「そ・・・そうだよな。」
夏紀はホッとした顔をする。
ドアの前まで来ると、悠斗が思い切ったように言った。
「俺、ゆうとって名前なんだ。」
「え?」
「川波悠斗。ばっちり本名!」
こいつには名前、教えてもいいかな、と思った。
信用してもいいかと思う。
夏紀が嬉しそうな顔になる。
「そ・・・そうか・・・悠斗くんか・・・。」
悠斗は夏紀が喜んでいるそのスキをみて、夏紀の首筋に唇を押しつけて思いっきり吸った。
「なっなにするんだ!?」
夏紀は不意打ちに慌てている。
「痛っ・・・痛いよ、悠斗くんっ。」
20秒くらいたって、やっと夏紀から離れた。
「何でこんなこと・・・。」
夏紀は顔が赤くなっている。
悠斗はニヤッと笑って言った。
「そのキスマークしっかり付けといたから、月曜になってもたぶん取れないよ。」
「なっ・・・!」
夏紀の顔が更に赤くなる。
「じゃあな、連絡入れろよ。」
と言い残して、夏紀の部屋を後にした。
マンションを出ると、もう昼に近いことが解る。
昨日のビールがきいてるのか、少し頭が痛いけれど、気分はここ何年かで一番良かった。
悠斗の足取りか軽くなり、スキップなんかをしてみる。
ーいつ電話してくるかな?今度あったら何話そうか・・・?
そんな事を思いながら、悠斗は池袋の雑踏に踏みこんだ。
初夏の木々の青々している、そんな土曜日だった。

                                        おわり。

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