NO.2

「どうッスか? ここの料理、旨いでしょ?」
「まあな。」
山岸が連れてきた店はこぢんまりとして、夫婦がやってる小料理屋だった。
「山ちゃん、会社の人を連れてくるなんて珍しいねぇ。」
旦那の方が声を掛けてくる。
どうやらこいつはこの店の常連らしい。
「そうッスねー、初めてだな。 あ、この人俺の上司なんだ。」
「山ちゃんもちゃんとサラリーマンやってるんだねー。」
「ったり前じゃん、もう大学卒業してから2年たってるんだから。」
「いやー、あんまりかわらないよな。」
「若いって言ってよ、大将。」
むっ、どうせ俺は三十路を過ぎてるさ。
「あ、主任、飲んでますか? どうぞ。」
俺のお猪口(ちょこ)に酒を注いだ。
あんまり日本酒は強くないんだが、今日は飲みたい気分だ。
嫌な事を早く忘れちまいたい。
どうやら俺は自分で思ってるよりも落ち込んでいるのかもしれないな。
俺は山岸が入れた酒を一気に喉に注ぎ込んだ。
「主任・・・いい飲みっぷりですねー、ささ、もう一杯。」
後から思えば、ここで飲むのを止めておけば良かったんだ。
そしたら山岸とあんなことにはならなかったのに・・・。
一生の不覚だ。
けれどその時の俺はなかばやけになっていたらしく、勧められるままに飲んでしまった。
気付くともう既に俺は酔いが回っていて、昨日の事をべらべらとしゃべっている。
「な、山岸、信じられないだろ? 可南子の奴、二股掛けてやがったんだ。」
「そうッスねー、主任を振るなんて俺だったらしませんよ。」
「だろー? もう、女なんて信じられねーよ。」
「解りますよ・・・。 俺だって女なんか信じられないッスもん。」
この時に気付くべきだったんだ、山岸の目がキラッと光った事に・・・。
しかし、もう完全に酔っぱらってる俺は相手の事など観察する余裕などなかったのだ。
「・・・お前ってば話の解る奴だな〜。 俺、お前の事、只の調子のいい奴だとばっかり思っていたよ、許せ、山岸。」
「いいですよ、そんなこと。 俺も主任てもっと真面目で近寄りがたい人かと思ってましたよ。」
そうか、俺って他の奴らにはそういう風に見られてるのか。
確かに俺はそんなに愛想も良くないし、必要な事以外は余り話さない様にしている。
理由は単純で、会社は仕事のみをしに行くところだと思っているからだ。
それに比べて山岸は入社した時から、学生時代はきっとテニス部だったに違いないと思わせる明るさで、たちまち女子社員の人気者になった。(後で訊いたらサッカー部だった。)
・・・ここでテニスが出て来る事自体、もう歳かもしれない・・・。
俺が学生の頃は、テニスと言えば軟派な奴が女をひかっける為にするスポーツだったからだ。
山岸は女に好かれるだけではなく、もてるわりにはそれが嫌みにならずに男性社員とも仲良くやっている。
いるよな、そーいう奴って・・・。
俺の目には、そういう山岸が八方美人に見えて、好きになれなかった。
何とかしてボーナス査定の時にはアラを探そうとしたのだが、仕事もきっちりこなすので落としようがない・・・。
「俺って・・・そんなに近寄りがたいか・・・?」
「え・・・?」
「いや・・・解ってるんだ、俺は会社の連中には余り良く思われていないからな・・・。 でもな、仕事をなあなあにやってる奴は俺は嫌いなんだ。 若い社員にはまるで遊びに来ているのか仕事をしに来ているのか解らない奴が多すぎる。」
自分の名誉の為に言っておくが、会社のグチをこぼしたのなんてこれが初めてだ。
グチなんてものは仕事の出来ない者の言い訳でしかないと思っている。
そう言うと、山岸はやんわりと俺の意見に反対した。
「そうですかー? 俺はグチってそんなに悪いことじゃないと思いますけどね。 俺なんかグチを言いまくりですよー。 あんまりため込むとストレスばっか増えちゃって、その方が余計に疲れません?」
「・・・・・・お前・・・どうせ俺の事も色々言ってるんだろ?」
「主任の事を? 言ってないッスよー。 だって俺、主任を尊敬してますもん。」
けっ。 どうだか。
「俺は解ってますよ。 主任は誰よりも一生懸命じゃないですか。」
「・・・・・・。」
その時、俺は初めてこいつが誰からも可愛がられるのか解った気がした。
気を遣うのが凄く上手いと思った。
今、自分が誰かに言って欲しかった言葉をズバリと言い当てる。
・・・俺が部下に慰められてるなんて・・・他の奴には絶対に知られたくない。
「よし、今日の事は明日になったら忘れましょう! ね、主任、だから今は思いっきり飲んでグチりまくりませんかー?」
山岸のその言葉に俺は乗ってしまった。
それから約1時間、会社の事、それに可南子の事をバカみたいにしゃべりまくったのだ。
確かにあの時、俺は山岸に心を許してしまった・・・。

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