NO.4

最低だ!
夕べは山岸にやられたあげくに、これまで一度だって遅刻なんかしたことのない俺が、こんな理由で会社に遅れるなんてっ。
やっとの思いで自分のデスクに着いた時は、既に11時を回っていた。
あれから根性でホテルを出ようとしたが、腰が抜けたように身体がいうことをきいてくれずに結局はチェックアウトまでベッドに横になっているはめになった。
本当だったら10時には顧客の所に行かなければならなかったのだが、それも叶わなかった。
仕方無いので、会社に電話をして代わりに田辺に行かそうと思っていたら山岸が行くことになったらしい。
最悪だ!
しかし、仕事とプライベートは別だ、別。
そう考えないとやってられない。
俺が午後に行く顧客の整理をしていると奴が俺に近づいてきた。
「主任、「ブロード」さんへは行っておきましたよ。」
「ああ、悪かったな、ありがとう。」
俺はなるべく動揺を悟られない様に平静を装って礼を言った。
くっそー! 誰の所為だと思ってんだよ。 お前の所為だよ、お前の!
「・・・何だ?」
用件が終わったにもかかわらず、山岸がまだ目の前から動こうとしない。
「別に・・・。」
ニヤニヤしながら何か言いたそうな顔をしているのを見て、
「用がないなら自分の席へ戻れ。」
と言って奴を睨んだ。
むかつくっ。 マジでむかつく!
人がいなかったらぶん殴ってやるところだ。
山岸が席へ戻ると、今度は田辺がこっちへ来た。
今度は何だ? もう、ほっといてくれ。
「あの・・・主任・・・余計な世話だとは思うんですが・・・。」
ためらいがちに話しかけてくる。
「何がだ?」
「首のとこ・・・見えてますよ・・・。あれ。」
そう言われて意味が解らない程鈍感ではない。
思わず首を手で押さえた。
あの野郎!
「山岸といい、羨ましいなぁ。」
「な・・・何で山岸が出てくるんだ!?」
昨日の事がばれたのかと思い、焦った。
「だって、あいつも主任と同じく昨日と同じスーツ着てるんですもん。 それってそう言う事ですよねー。 あーあ、俺も女欲しいな。」
・・・そうか・・・普通に考えてればそうだよな・・・やばい、平静にならなければ・・・。
「くだらない事言ってないで仕事しろ。」
「はーい・・・。」
田辺がペロッと舌を出して席に戻ると、その横で山岸がこっちを見てまだ笑っている。
許せん!
いや、今はそれよりもこのキスマークをなんとかする方が先だ。
俺は机の抽出に入っているバンドエイドを持ってトイレに駆け込んだ。
鏡を見ると、右と左が一カ所ずつ赤くなっている。
2カ所も見える場所につけやがってっ。 信じられん。
俺が一つ目のバンドエイドを貼り終えて、左側を貼ろうとすると、声が聞こえてきた。
「それじゃあ、かえって目立ちますよ。」
山岸が立っていた。
「誰の所為だと思ってるんだ!?」
「主任からせがんで来たんですよ。」
!!!
それまで我慢してきた感情がその言葉で切れてしまい、山岸を思いっきり殴った。
「いってー。 ひどいなあ、俺も午後から客のとこに行かなきゃならないのに。」
「うるさい! うるさい!」
俺の拳は見事に山岸の頬を直撃したのだ。
俺が受けた屈辱はこんなもんじゃ全然足らない。
あと百発は殴ってやらないと。
「大体、貴様はホモなのか!?」
はあ?という顔をする。
「俺・・・昨日主任が好きって言いましたよね?」
何言ってんだ?こいつは。
「だからそれがホモだって言うんだよ!」
頭がおかしいんじゃないのか?
「主任以外は女が好きッスよ。」
俺が女に見えるっつーのか?
ふと山岸が表情を変えた。
「俺だって結構悩んだんですよ。 でもいくら考えても解らなかった。 それに主任付き合ってる人もいたみたいだし。 けど昨日話を聞いて悩むの止めました。 主任が男でも女でも好きなんです。 それ以外に理由がいりますか?」
・・・狡いぞ、こいつ・・・。
そんな言い方したらこっちが悪者みたいじゃないか。
被害者は俺なのに。
「俺は男なんぞ好きにならん。」
そう言うと山岸はいつもの食えない笑顔に戻った。
「俺は好きになったらしつこいですよー。 絶対に男とかかんけーなく惚れさせてみますよ、覚悟してくださいね。」
何の覚悟だ?何のっ。
言いながら俺の顔をがしっと両手で挟んで、キスして、あげくに舌まで入れてきやがった!
「主任、スキだらけ・・・。 ごちそうさま。」
そして俺の鼻をペロッと舐めて、ボー然としている俺を置いてそれだけ言うとさっさと出て行った。
最悪だ!
何も抵抗できなかった自分が最悪だ。
トイレでキスした山岸は最低だ。
残された俺は、奴の言葉を何度も何度も頭の中で繰り返していた。
ー好きなんです・・・好き・・・好き・・・好き・・・。
いい歳した男がたった2文字に動揺している・・・自分の意志とは関係なく胸が高鳴っている。
俺は山岸の感触の残った唇を指でなぞった。
キスなんか女と何百回したか解らないくらいなのに、なんで山岸のキスごときでこんなに唇が熱くなるんだ?
どうして体が疼いてるんだ・・・?
解らない・・・今確実に解ってることは、やっぱり今日は最悪の日だってことだ。

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