スーツケースとパブ


〜1日目〜

ざわざわ、ザワザワ。
漫画とかで良く出てくる擬音を僕はずっと「そんな風には聞こえないのに。」と思っていたけれど、ここに来て初めて本当だったって事を認識するはめになった。
成田空港から約半日、僕は今、亮の住むイギリスの地を踏みしめている。
「ヒースロー空港のゲートの出口で待っているから。」という亮の言葉を信じてもう1時間もこうして待っているのに、一向に来る気配がしない。
殆どの日本人はツアー客だったらしく、旗を振った添乗員らしき人の後をぞろぞろと並んで行ってしまった。
どうしよう・・・何で来てくれないんだろう・・・? 英語が殆ど話せない僕は心細くて泣きそうだ。
こんなことなら電話番号、訊いておけば良かった。 でもかけ方が解らない。
ふと横を見ると何だか怖そうな外国人がこっちをじっと見ていて、やばそうなので一旦座っていたベンチから立ち上がって、重いスーツケースを引きずりながらふらふらと空港内を歩いてみる。
冷静に考えたら別に怖い人じゃないのかもしれない。 ずっと動かない僕を「何だ、こいつ。」って思ってただけかもしれない。 だけど外国人というだけで萎縮してしまう。
ああ、ここじゃ僕の方が外国人なんだ。
思ったよりずっと狭い空港探検はすぐに終わってしまった。
その真ん中くらいの所に亮が来るはずの地下鉄に通じるスロープがあって、そこを入ってみて愕然とした。
英語が出来ない僕にも理解出来る。 ストライキって書いてある。
スト? 地下鉄がストだって? そんなことがあるのだろうか?
じゃあ、亮は今どこにいるんだろう? 僕はどうしたらいいんだろう?
日本語は通じないし、唯一僕を知ってる亮は来ない。
ここにいる大勢の人間が本当は宇宙人でそのうち僕に襲撃してきそうな気がしてくる。
恐る恐る座っていたベンチに戻るとさっきの怖そうな人はもういなかった。 
亮とは高校からの友達で大体いつも2人でつるんでた。 あまりにもつるみ過ぎて女子から「あんたらデキてるの?」とか訊かれたこともあったっけ・・・。
そんな時は亮がふざけて「そ、俺たちデキてんだよ〜ん。」と答えていた。僕はそう言われる度に俯くしかなかった。 顔色を見られたくなかったから・・・。
ポジティブで誰にでも好かれていた亮と、ネガティブで取り柄のない僕。
なのに亮は僕を親友だと言った。 それが唯一の自慢、僕の誇り。
そしてずっと一緒にいられると思っていた大学2年の秋・・・。
それはまさに青天の霹靂というやつだった。



「延照、、俺さー、ちょっくらイギリスに留学してくるわ。」
「・・・は?」
「ん〜、期間は2年くらいかなー?」
「・・・え?」
「だからそれまで逢えなくなっちまうけど、元気でな。」
「・・・・・・。」
いきなりそんなこと言われても何て言っていいか解らないけれど、僕にはそれを引き留める理由が見つからない。 あるとしてもそれは胸の奥にしまっておかなきゃいけない気持ちだけ・・・。 
「ま、向こうに行ったらメールするからさ。」
そう言って2週間後にはあっさり海の向こうへ行ってしまった。
・・・何だよそれ、こっそり準備してたってことじゃないか。 裏切られた気分だ。
しかも暫くはしょっちゅう来ていたメールは日がたつに連れてどんどん少なくなっていき、最近では1ヶ月に1回あればいい方になっていた。 僕は相変わらず週に1度は送ってるっていうのに。
不安だった。 もしかしたら向こうで金髪美人でも見つけて、僕の事なんか忘れてるのかもしれない。
そんな日々が続いた8月。
「10月になったらこっちに来いよ。」
心にぽっかり空いたままの胸に流れ込んできた亮の誘いのメール・・・ばかやろう・・・何で今頃そんなこと言ってくるんだよ。
その夜は嬉しくて眠れなかった。 ホント、僕って単純人間。
その次のメールには「タバコ持ってきてくれ。」 だの「煎餅持って来い。」だの・・・もしかして亮の欲しい物を運ぶ為に呼ばれたんだろうか? それでも僕を選んでくれたから運び屋でもかまわない。
なにより亮に逢いたかったから・・・。
それに初めての海外旅行がハワイとかグアムよりイギリスの方が格好いい気がする。
それからの僕は心が弾んでいた所為か同じゼミの奴に「片山、お前彼女でも出来たのか?」と訊かれてしまった。
出発するまでの2ヶ月はとても永い時間でタイムマシーンが欲しくなった。



そして今に至るわけだけど。
あとどれくらい待てばいいかも解らない僕はベンチに座ったまま、もう何度も読み直した「地球の歩き方・イギリス」をパラパラめくっているしかなかった。
もう2時間もこうしている。 このまま亮が来なかったら僕はどうなるんだろう? 住所も知らない、電話番号も知らないじゃ強制送還でもされそうだ。
何だか地球にひとりぼっちでいるみたい、もしかしたら透明人間にでもなったのかもしれない。
そんな暗い事を考えていたら遠くの方で聞き覚えのある声がしてきた。
振り向いてきょろきょろしてみたけれど人混みで声の主が何処にいるのか解らない。
「お〜い、の〜ぶ〜て〜る〜、こっちこっち。」
声のする方へ身体を向けると、亮が手を振ってこっちに向かってくる。
まるで亮の周りだけ後光が射してるように見えた。
懐かしさと安堵で泣きそうになる。 
「わりー、待たせちまったな。」
手を合わせて謝りながら僕の前に立つ。
「遅いっ! 遅いよ、亮。 何やってたんだよ!?」
喜びの再会をしたかったのに、さっきまでの不安のはけ口を亮に押しつけてしまった。
「ごめん! 家出て電車乗って乗り換えようとしたら地下鉄がストライキやっててさー、焦ったよ。」
知ってるけど、でも外人ばっかで怖かったんだ。
「イギリスじゃ地下鉄がストすんの?」
「ああ、たまにな。 しかし何も今日やんなくてもいいのになー。」
僕はここに来たのを拒まれている気がして哀しくなってきた。
「日本じゃストしても始発までには解決するのにな、マジでするなんて信じらんないだろ?」
「うん・・・。」
顔を下に向けている僕に気づいて亮が覗き込んだ。
「ごめんな、待ってる間1人で心細かったよな。 よし、もう一度感動のやり直ししようぜ。」
「え?」
顔を上げると、目の前に1年前よりも日に焼けた無精ヒゲの生えているくしゃっとした笑顔があった。
そういえば今年のヨーロッパは記録的猛暑だってニュースで言ってた。
「ようこそ、イギリスへ。」
そう言って僕の身体をぎゅっと抱きしめた。 亮の癖、いつでもどこでも僕を抱きしめる。 高校の時の女子が僕たちの仲をからかっていた理由の1つがこれなんだ。
「・・・・・・。」
何か気の利いたことを言いたかったけれど、情けないことに僕はその腕の前と変わらない匂いに涙がこぼれてしまい何も言えなかった。
「泣くなよー、俺が泣かせてるみたいじゃんか。」
「ご・・・ごめん・・・。」
でも当たっている気もするんだけどなぁ。
「じゃ、行くか。」
「地下鉄止まってるのにどうやって行くんだよ?」
「バスだよ、バス。 イギリスのバスを舐めちゃいけねーぜ。」
亮はウィンクをしながらそう言った。 あ、そうか、そうだよな。 亮が迎えに来てくれたんだから他の交通手段があるよな。
ずっと待ってたから地下鉄しかないのかと思ってた。 馬鹿みたい。
「それ俺が持ってやるよ。」
亮は僕の手からスーツケースを奪って外に向かって歩いていった。
その後ろ姿にホッとする。 亮が僕の前にいる、それだけでじわじわっと心臓が熱くなってくる・・・。
「久しぶりだね、亮。 僕を呼んでくれてありがとう。 嬉しかったよ。」
さっき言えなかった言葉を小さく呟いて亮の背中を追った。
そして、僕はやっと空港を脱出することに成功した。

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