外に出るともう夜になっていて暗い。
「チケット買ってくるからちょっと待ってて。」
そう言われてそばにあったベンチに座って周りを見回してみる。
赤い屋根の2階建てバスが目の前を何台も通り過ぎてここがイギリスなんだと言うことをやっと実感した。
それまで自分は一体何処にいるんだろうと言うことばかり考えていたから。
隣に座った白人の男がこっちを見てにっこりと笑った。
僕はどうしていいか解らずに日本人特有の愛想笑いを浮かべると、話かけてきた。
何を言われてるのか解らない。
「あ〜・・・アイ・キャント・スピーク・イングリッシュ・・・・。」
そう言ったのに更にしゃべりまくってきて、頭がぼうっとしてくる。 目の前がぼやけてきた。
「何やってるんだよ!?」
その声にハッとして前を見ると亮が立っていて視界が拡がった。
隣にいた男に英語で何か話しかけていた亮はムッとしているみたいだ。
「行くぞ、ほらこっち。」
僕の背中を押してその場を歩き出す。
機嫌が悪そうなのは僕の所為なんだろうか。
「えーと、9番か・・・お、これだこれ。」
人がもう結構並んでいて、ここが空港の前だからかいろんな人種がいた。 何故かインド人が多い気がする。 女の人はサリーを着ているし、変な感じ。
止まってるバスを見ると日本にある観光バスと同じだった。
何だ、二階建てバスに乗ると思って期待しちゃった。
何処に向かっているかも知らないバスが滑り出す。
隣に座っている亮が話かけてきた。
「お前、気を付けろよ。」
「え?」
「さっきの奴、ありゃスリだぞ。 延照はただでさえぼーっとしてるんだから。」
「う・・・うん・・・ごめん・・・」
そっか、さっきのは僕が隙だらけだったから目を付けられたんだ・・・。
「ここでは人を見たらスリだと思え、が鉄則だぜ。 俺以外の奴は信用すんなよ。」
「うん・・・。」
亮の言葉に頷いてばかりだ。 日本にいたときからいつも亮の後をついて行くばかりで、たぶん他人の目には僕は子分にでも見えていたかもしれない。
でもそれは違う、いつだって亮は僕に気を遣ってくれていて命令なんか絶対にしないし守ってくれていた。 男として少し情けない気もするけれどそれが心地いい。
外を見ても暗くてよく解らないから何だかうとうとしてきた。
「あと30分くらい掛かるから寝ちゃえよ。」
催眠術のような誘導に僕はそのままいつの間にか瞼を閉じていた。
「おい、着いたぞ、延照。」
肩を小突かれて目が覚めると、もう人がバスから降りている最中だった。
僕らが一番最後に降りることになった。
下に積んであったスーツケースを受け取って周りを見るとどっかの建物の駐車スペースに降ろされたらしい。
人々が散らばってゆく。 ここは何処なんだろう?
「俺たちはこっち。」
亮がスーツケースをひきずって歩き出す。
「家、この辺なの?」
「違う違う、今から電車に乗るんだよ。」
「え? だってストだって・・・。」
「今から乗るのは地下鉄じゃないから。」
そうか、僕はまた勘違いをしていた。 ロンドンて地下鉄しかないのかと思っていた。
歩いているともうあんまり人がいないのに気づく。 今何時だろう。
建物を見ると二階より上がヨーロッパって感じ。 百年くらい前に建築されたものの様に年代を感じる。 タイムスリップしたみたいだ。 全部、城みたい。
一階は店が並んでいて凄く違和感がある。
暫く歩くと遠くの方に本当の城が見えた。
凄い、本物だ。
「亮、あれって何?」
思わず訊くと亮は笑いながら言った。
「ああ、あれは有名なロンドン塔。 明日行こうな。」
これがロンドン塔・・・そういえばガイドブックに載っていた気がする。
見た目はどっかの王様が住んでいそうなのに・・・処刑場なんだ・・・。
ヨーロッパってみんなそうなのかな? 日本じゃありえないよなぁ。
妙な感動をしていると亮が駅の階段を登って手招きをしていた。
「ほら、おいてくぞ。」
「ちょ・・・ちょと待ってよ。」
慌ててその後に続く。
切符は亮が買ってくれた。 自販機見たけど僕にはちんぷんかんぷん。 英語ばっかりで、当たり前だけど・・・。
改札は何故か無人で驚いた。 もう時間が遅い所為なんだろうか・・・?
亮に訊いたら「いっつもそうだよ。」って教えてくれた。
日本じゃ田舎に行かない限りそんなことあり得ないのに、イギリスって変わった国だ。
電車は5分くらい待ってたら直ぐに来た。 この駅が始発らしい。
日本の電車より少し小さくて何だかおもちゃみたい。 座席がプラスチックで座ると尻が痛い。
「こっから2駅だから直ぐだよ。」
ええ? ロンドン塔から2駅? いいところに住んでるんだなー。 とか思ってると
「ぼろい駅だから驚くなよな。」
亮が言ってきた。 心を見透かされてるみたい。
駅に着いて見ると、「Shadwell」って書いてあった。 シャドウェルって読むのかなぁ。
後に付いていくとそこにはエレベーターがあって入ると変な臭いがした。
「チッ、酔っぱらいが中でションベンしやがった。」
亮がぶつぶつ文句を言っている。 そんなことする人がいるんだ。 イギリス人てみんな紳士だと思っていた僕はびっくり。
降りると既にそこは改札の外だった。 どうゆーこと?? 不思議な街ロンドン。
だったら切符も必要なかったんじゃないのだろうか?
「こっからバスに乗ってちょっとだから。」
なかなか亮の家に辿り着かない。 苦笑しそうになった。
「あ、お前今笑ったな。 しょーがねーだろ、貧乏学生なんだから。」
「ううん、そう言う意味じゃ・・・。」
何だか小さい子供に言い聞かせる父親みたい。 疲れている僕に気を遣ってくれてることが凄く解る。
大好きだよ、亮・・・。
2人で並んでいるとそこだけ別の空間になったみたいで、それだけで幸せ。
横顔を見ていると、前よりも更に男らしさが増した気がする。 僕は亮にどうして欲しいのだろうか・・・? そう考えると落ち込んでくる。 この想いは知られてはいけない・・・。 ばれたらきっと友達でさえいられなくなってしまうから。
少しだけズキンと胸が痛む。
「お、来たぞ。」
亮の声にハッと我に返った。
赤いバスは二階建てじゃなくてちょっとがっかり。
前のドアから入って亮が運転手に何か言って料金を払った。 たぶん2人分とかなんとか言ったんじゃないかな。
結構新しそうな感じ。 人もまばらにしかいなくて何だかホッとした。
4つ過ぎた先の停留所で降りると凄く寂しそうな場所だった。
「延照は夜は1人で歩くなよ。 この辺結構やばいから。」
「やばい?」
「そ、ヘタすりゃホールドアップなんだぜ。」
それって、銃を突きつけられるってことだよな? そんな危険な場所に住んでるのか? 亮は・・・。
僕は背筋がぞっとするのを覚えた。 ここは外国なんだ。
道を曲がってちょっと歩くと亮が立ち止まって
「この上が俺んち。」
と言ったので見ると、一階は何かの店だった。 もう閉まって何の店だか解らない。
細い階段を登ると広めのポーチに出て、何件かの家が並んでいる。
生活感を感じる古そうな建物だ。 白い壁に茶色のドア。 これからちょっとの間、亮と僕だけの城。
奥から2番目のドアを亮はドンドンと叩いた。
・・・え・・・? 誰かいるの?
「Hey! Nick!」
ニック・・・? 誰それ?
「あ・・・あの・・・。」
声を掛けると亮が振り向いて、あ、そうか、っていう顔をする。
「言ってなかったっけ? 俺、部屋をシェアしてるんだ。」
言われてショックを受けた。 亮が誰かと一緒に住んでいる・・・別に只の同居人なんだろうけど、胸がモヤモヤしてきた。
僕ってこんなにヤキモチ妬く人間だったんだ・・・。 先に教えてくれなかった亮にも腹が立った。
ギイッとドアが開く。
「Thank you.」
亮がドアの中に入っていった。 僕は何だか入りずらくなってしまい目の前でドアが閉まる。
「延照、何やってるんだ? 入れよ。」
再びドアが開いて亮が僕を手招きする。
「う・・・うん・・・お邪魔します・・・。」
少し重くなった足を前に出して部屋に入った。
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