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愛してるよ、延照・・・・・・昨日電話で最後に聞いた言葉。
僕も愛してる、亮・・・・・・昨日電話で最後に言った言葉。


夕方6時過ぎ、段々と寒さを増して着ている物も厚くなり始めた10月の電車の中、僕はつり革を人の波に押されないように必死にぎゅっと握りしめている。
大学の講義が終わって急いで乗り込んだ満員電車。 いつもならばこの人混みの多さにため息が出たり気分が悪くなったりするけれど、今日は違った。
勝手な思い込みに違いなくても、僕はこの中で1番幸せなんじゃないかと思う。
―――― だって明日には亮が帰って来るから ―――― 。

2年前、亮がイギリスに出発した時は友達として見送って、1年前、僕がイギリスに逢いに行った時も友達として迎えられ、日本に帰る時は恋人として見送られて・・・・・・そうしてこの1年間、ずっとずっと待ち続けていた亮が遂に明日帰国するんだ。
そう思うと顔は自然に緩んでくるし、講義は上の空だしで僕はかなり浮かれていた。
勿論明日は自主休講して空港まで迎えに行く予定。
大丈夫、きっと泣かないで「おかえりなさい」って言える。 何度も鏡の前で1人シミュレーションしたし、笑顔で迎えられる筈。
胸元にある「R」の文字に負けない様に僕は1年前より強くなったつもりだ。
正直言うと亮からの電話を切った後、逢いたくて堪らなくなったり、切なくて泣きそうになった事も1度や2度なんかじゃない。
声だけじゃ嫌だ・・・・・・その肌に触れたい、温もりを感じたい・・・・・・そんな風に思った時もぐっと堪える術(すべ)をペンダントを強く握る事で覚えた。
辛いのも寂しいのも自分だけじゃない、亮だってきっと同じ気持ちなんだ・・・そう考える様になってからは泣きそうな自分に喝を入れる事が出来たと思う。

亮は僕が日本に帰ってから、ヒースロー空港で約束してくれた通り、本当に週1で電話もくれたしメールも沢山くれた。 まるでそれまで僕を避けていた1年と言う時間を埋めるかの様に。
電話をしていると、亮と僕のいる国が遠く離れてるだなんて信じられないくらいに耳元で甘く囁き掛ける声に僕は心が熱くなった。
足りないのは、触れられない距離とキス出来ない唇。
そのお陰で亮にさんざん「感じてる声を聴かせろ」だの「俺の手だと思ってして」だの言われたけどねっ。
・・・でも結局亮の言う通りの事をやってしまう。 だってそれはきっと僕が内心思ってる事だから・・・。
触れないならばせめて亮の声が聴きたい・・・近くに感じさせて欲しい、誰よりも亮の側にいたいよ・・・。

―――― ハッと気付くと前に座ってる女子高生2人組が僕の方を見てくすくすと笑っていた。
うわっ! 知らないうちにニヤけてたっ。
僕はカァッと恥ずかしくなって視線を感じながらも俯いて自分の足下を見てるはめになってしまった。 しょうがないじゃないか、明日には1年ぶりに恋人と逢えるんだもん。
亮はどんな風に変わってるだろう・・・そしてどこが変わってないだろう?
・・・・・・ねえ、亮、早く君に逢いたいよ・・・・・・。
下を向いてる僕の顔はやっぱりニヤついているに違いない。
もう別にそれでもいいや。


そうだ、部屋を片づけておかなきゃ。 見られたら恥ずかしい・・・ロンドンで一緒に撮った写真が2枚も並んで可愛い写真立てに挟まれて立っている。
絶対亮の事だから「乙女チックだなぁ」とか言って笑うに違いないもん。
空港に着いたら、夜まで仕事をしている亮の両親の家より先に僕の家に来るって言ってたから、今日中に色々やって・・・・・・。
そんな事を思いながら家の玄関のドアをカチャリと開けた。
「ただいま〜」
ふと、足下に見慣れない、履き倒したスニーカーが綺麗に並べてあるのに気付いた。
・・・母さんのお客さんかな? でもこんな若い人が履きそうな靴、一体・・・。

「!!!」

―――― ま・・・さか・・・?
だって・・・だって明日って・・・。
明日の朝10時の便で帰って来るって・・・・・・それから2人でお昼ご飯を食べようって・・・・・・。

ばくん。
心臓が痛いくらい激しく打ち始め、手を無意識にペンダントに持っていき、握りしめた。 そうでもしないと前に進めなそうに思えたから・・・。
深呼吸して1歩ずつ足をリビングに近づける。
落ち着け、自分。 もしかしたら全くの見当違いかもしれないじゃないか ―――― 。
胸の高鳴りを必死に押さえて僕は微かに母さんの話し声が聞こえるリビングのドアを開いた。



「延照」
昨日聞いたのに懐かしい・・・優しい声。
「―――― 亮 ―――― 」
・・・亮だ・・・・・・。
亮が僕の目の前で目を細めて笑っている・・・。
亮・・・亮・・・亮・・・っ。
「な・・・んで・・・」
最初の言葉は「おかえりなさい」って決めていたのに・・・なのに。
「たまたまキャンセルがあってさ、折角だから帰ってきた」
「で・・・でも・・・」
言葉が・・・出てこない。
驚くばかりで笑えてさえいない・・・それどころか目が霞んできて慌てて鼻をすすったらつーんとしてきた。
「おかえり」
「た・・・ただいま・・・」
亮が言うから僕が答えちゃったけど・・・予定では逆の筈で・・・。
空港の到着口から出て来る亮を見つけて、練習した笑顔で「おかえりなさい」って・・・。
「・・・・・・」
驚いて、嬉しくて、悔しくて言葉が出てこないよ・・・。
「亮くん、お母さんにこれくれたのよ〜」
僕が黙っていると、呑気な母さんが嬉しそうにロンドンで1番有名な高級デパートのロゴが入った財布を見せた。
「・・・良かったね・・・」
1人子供みたいにむくれている自分がバカみたい。
だけど亮が悪いんだ・・・・・・昨日一言もそんな事言ってくれなかった。
キャンセル待ちなんて絶対嘘に決まってる。
「延照? どうした?」
あまりにも呆然と突っ立ってるから心配になったのか、可笑しくなったのか声を掛けてきて、僕を覗き込む瞳にカァッとなった。
「あ・・・っ・・・何でもな・・・。 そ・・・それより携帯に電話くれれば良かったのに・・・」
「ワリィ。 延照の番号書いたメモ帳スーツーケースの中でさ」
「ふうん・・・」
ぜ〜ったい確信犯だっ! 抜け目のない亮がそんな事するワケないじゃないか。
酷い・・・僕がこんな風にビックリしてる姿を見て楽しんでるんだ〜っ!
その証拠に優しかった笑顔がニヤニヤ笑いに変わってきてるっ。
僕が悶々としてる中、亮と母さんは楽しそうに留学話で盛り上がってるしさ。
「去年、延照に持ってきて貰った梅干し、凄い美味かったです」
「本当?」
「向こうでもジャパニーズ・フードショップに売ってはいるんスけど不味くって。 やっぱりおばさんの作った梅干しは天下一品ッスよ」
「向こうでお世辞が上手くなったわねぇ」
「いや、ホントですって」

「〜〜〜〜〜〜っ 亮っ!!!」
堪らなくなって思わず叫んだ。
「どうしたの、延照ってばいきなり大声出して」
僕の声が思った以上に大きかったらしく、驚いた母さんが持っていたお盆を落としそうになった。
「あ・・・ごめ・・・」
ちらっと亮を見ると目が合ってにんまりしているのが見えた・・・すっごく悔しいけど・・・でも。
「あ・・・あのさ・・・部屋に行っていいかな? ホラ、亮も帰ってきたばっかりで疲れてるだろうし」
とっさに出た言い訳にしては上出来な気がする、その証拠に母さんは納得してくれた。
「ああ、そうね、ごめんなさいね長々とつき合わせちゃって。 延照の部屋で少し寝た方がいいかもしれないわねぇ」
「疲れてるだなんて・・・でもお言葉に甘えてちょっと休んできます」
寝るつもりなんてない亮と、まだ笑えていない僕は2人でリビングを後にした。
ごめんね、母さん。
本当は早く2人っきりになりたかったんだ。

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