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「ご注文は何になさいますか?」
いかにも今時の高校生らしい茶髪のウェイトレスが聞いてきた。
「あ・・・僕はコーヒーで。」
「俺も。」
「はあ、ご一緒でよろしいんでしょうか?」
「ああ、お願いします。」
夏紀がそう答えると、ウェイトレスは不思議そうな顔で去っていった。
それもそのはずで、夏紀と悠斗は向かい合わせではなくて、背中合わせで座っていたからだ。
一応悠斗も少し気を遣って、同じテーブルに座るのは遠慮した。
「なあ、人の事誘っておいて遅せーんじゃねーの?」
ここは、夏紀がクライアントと待ち合わせをしている喫茶店だ。
もう時間も遅いので、人もまばらにしか座っていない。
悠斗は仏頂面で水を飲んだ。
「仕事で遅れてるだろうから仕方ないよ。」
夏紀がフォローしてるのが面白くない。
お互いに振り向き合って話してるのが妙な光景だ。
「それより悠斗くんのその大きい袋って、何が入ってるの?」
ふいに夏紀は話を変えた。
悠斗は関心が自分に向いたので、少しだけ嬉しくなり袋を持ち上げて自分の膝に乗せた。
「これ?月曜日までにやんなきゃいけないんだ。かったりーんだけど、ま、しょーがねーからさ。」
「へえ、これって絵が描いてあるの?」
夏紀はそれに関心があるようだ。
「ああ、B全だからでかいんだよなぁ、電車乗るときとか邪魔者扱いなんだぜー。」
「悠斗くんが行ってる専門学校ってデザイン系なんだ。」
夏紀はちょっと驚いたようだ。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「うん・・・。」
悠斗がそれに対して何か言おうとしたその時、
「あー、澤谷さん、どうも、遅くなっちゃってすいません。」
と夏紀に向かってつかつかと近づいてくる音がした。
2人とも慌てて前に向き直る。
悠斗はそっと横を見ると、ロングヘアのスーツをきりっと着こなした女性が夏紀の前の席に座った。
ー女かよ。
「いいえ、仕事の方は大丈夫ですか?」
「ええ、何とか・・・。後は澤谷さんと打ち合わせをしたら終わりです。」
悠斗は何だかとっても面白くない。
「じゃ、早速本題に入りましょうか、鈴原さん。」
そう呼ばれた女性は鞄から書類らしきものを取り出して
「えーと、これなんですが、どうもうまく収まらないんですよね。」
と夏紀に書類を差し出す。
「あ、本当だ。申し訳ありません、今、やり直しさせて頂きます。」
後ろで聞いていた悠斗は、いらいらしてきた。
「お待たせしましたー。」
その時、丁度コーヒーが来たので、ウェイトレスに
「灰皿ちょうだい。」
と悠斗は言ったかと思うと、既に煙草を鞄のポケットから取り出し、火を付けた。
「はい、ただいま。」
そう言うと、今度は夏紀のもとへ行った。
「お待たせしましたー。」
「ああ、ありがとう。鈴原さんは何にしますか?」
「え〜と、そうね、ミルクティーお願いします。」
「かしこまりました。」
そう言うと、そのまま奥に行って、灰皿を持ってきた。
もう既に半分以上吸ってしまった煙草の灰をそこに捨てる。
最近は前の様にヘビースモーカーではなくなってきた悠斗だけれど、今は胸のムカムカを押さえるのに必要だった。
「ああ・・・これは・・・で・・・そうですねぇ・・・わたくしの方としましてもこれで行って頂きたいのですが・・・」
そんな夏紀の言葉も、悠斗にとってはちんぷんかんぷんだった。
「やっぱりそうですよねぇ・・・そうしますと・・・でどうでしょうか?」
仕事をしている姿を見て、ふと悠斗は夏紀の事を何も知らない気がしてきた。
ー俺は夏紀さんが料理が上手いのも知ってる、照れ屋なのも知ってる、でもどんな会社に行って、どんな部署にいるかも何も知らない・・・。
そう思うと、悠斗は夏紀が遠い存在に感じてきてしまった。
ーこんなんで俺たち付き合ってるって言えんのかな・・・?会うきっかけだってメールだし、今までだって会うのは夏紀さんの家だけだったし・・・。
悠斗はこんな事を考えてる内に不安が波のように胸に渦を巻いて迫って来るのを感じた。
ーこんなの全然俺らしくないじゃんか・・・。
「ところで澤谷さんは最近どうですか?」
そう突然言われ、夏紀は
「どうって・・・何がでしょうか?」
と、とまどった。
「彼女とかいるんですか?」
「えっ!?」
夏紀と悠斗は同時に声を出してしまった。
「か・・・彼女ですか・・・?」
後ろに悠斗の気配を感じながら
「彼女と呼べる人は僕なんかにいませんよ。」
と答えてしまった。たしかに彼女ではないのだが。
「え〜、いないんですか?じゃあ、私が立候補しようかなー?」
そう言われて夏紀は赤くなった。
「そ・・・そんな・・・」
「やだなー、冗談ですよ。もう、澤谷さんて真面目なんですねぇ。」
鈴原という女性はくすっと笑ってさっき来たミルクティーを一口飲んだ。
「はあ・・・。」
夏紀は照れ隠しに頭を掻いたが、その時後ろにいた悠斗がすくっと立ち上がり、夏紀を一瞬見て、その場を去ってしまった。
「え?あっ・・・。」
「どうかしましたか?」
「あ・・・あの・・・いえ・・・あ、まだ途中でしたよね・・・。」
夏紀は悠斗を追いかけることも出来ずに、その場にいるしかなかった。
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