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あれから一時間近くたった頃、悠斗は夏紀のマンションの前に突っ立っていた。
どうしてここにいるのか、悠斗にもよく解らない。
何も考えたくなかった。
ただ自分が置き去りにされた子供のように惨めに感じていた。
マンションの住人が何人か悠斗の前を通っていったが、殆どの人間がまるで不審者を見るかのように過ぎていった。
「・・・悠斗くん・・・?」
その声に身体が一瞬びくっとした。
「携帯かけても繋がらないし・・・もしかして、ずっとここにいたの・・・?」
夏紀は心配そうに声を掛けるが、悠斗はうつむいたまましゃべろうとはしない。
「・・・怒ってるよね・・・?ごめん・・・僕が悪かったよ、あんなこと言っちゃって・・・。」
夏紀は自分の責任だと思った。
「・・・・・・ってるよ・・・。」
かすかに聞こえる小さな声で悠斗が口を開いた。
「・・・悠斗くん・・・?」
「解ってるよ!俺だって、夏紀さんは社会人で俺なんか全然ハンパな生活してるし、今日だって迷惑なの解ってた!」
夏紀はこんなに悠斗が責をきって話始めるのを見て、驚いている。
「でもっ自分でも知らなかったんだ、こんなに独占欲が強い奴だったなんてっ。さっきの見た時、俺すっげームカついた、夏紀さんが女としゃべってるだけでムカついたんだ。」
「悠斗くん・・・。」
「俺、女なら良かった。そしたら堂々と夏紀さんだって俺のこと恋人だって言ってくれるだろうし、街中でキスだってできるし、手だって繋げるのに。」
気付くと悠斗の頬を涙が伝っていた。
ー俺ってば、泣いちゃってるよ・・・でももう、これ以上夏紀さんの前で意地なんか張ってられない・・・。
夏紀は頭を殴られたような衝撃を受けていた。
悠斗がそんなに自分を想ってくれて、そんなに悩んでいたなんて気付かなかったからだ。
いつもどこか自信に満ちている悠斗は今、ここにはいない。
いるのは、まるで子供の様に涙を流している若者が1人。
「俺・・・バカみたいだ・・・、仕事してる夏紀さんを見て嫉妬するなんて・・・。」
「悠斗・・・。」
そう言うと夏紀は悠斗の唇を塞いだ。
その唇は柔らかく、優しかった。
「・・・夏紀さん・・・。」
「うん・・・?」
「ここ・・・外だよ・・・。」
「解ってるよ・・・。」
それでも夏紀は今、悠斗が愛しくて愛しくて、その唇に触れたい衝動をどうしても抑えることが出来なかった。
「人に見られるよ。」
「そんなの構わない。それよりも、僕は悠斗の方が大切だよ。」
今度はお互いを求め合うキス。
何度も何度も唇を吸って、噛んで、今までのキスとは何かが違う。
途中でその前を人が驚きながら通ったけれど、気付かないほど2人は夢中だった。
唇は熱くて身体中の血液がそこに集中している様だ。
ーずっとこのまま時間が止まればいいのに・・・。
そんなありきたりな言葉が悠斗には浮かんだ。
それほど夏紀の唇は甘く、なのに激しくて、悠斗の心の中を愛でいっぱいにしていた。
「・・・・・・はぁっ・・・・・・」
離れた瞬間、呼吸をするのも忘れていたかの様に、吐息を漏らす。
「・・・・・・僕だって・・・同じだよ・・・。」
夏紀は優しい目で悠斗に訴えかける。
「・・・え・・・?」
「僕だって、悠斗がどんな学校に行ってるかも知らなかったし、今まで悠斗と寝た奴にだって嫉妬してる。それにヒトナリって人が一番気に掛かってるんだよ。」
夏紀はいつもニコニコしていて、過去なんて気にしてるなんて悠斗は思ってもみなかった。
「俺たち・・・お互いに知らないことだらけだ・・・。」
「これから、少しずつわかり合えればそれでいいんじゃないかな。」
夏紀は悠斗を見つめて、悠斗も夏紀を見つめる。
「・・・そうだよな・・・何焦ってんだろ、俺・・・。何かさっきあの女の人が恋人に立候補するなんて言ったから、不安になっちゃって・・・。」
それを聞いた夏紀は不思議そうに、
「あれは冗談だったじゃないか。」
と言った。
ー・・・夏紀さんて・・・もしかしてすげー鈍感・・・?
鈴原という女性の顔を見れば夏紀を好きだというのは一目瞭然だった。
ー鈍くて良かった〜。
「なんか僕、変なこと言った?」
悠斗は気付かないうちに、顔が笑っていたらしい。
「いや・・・なあ、俺ずっと待ってて疲れちゃった。部屋に入れてよ。」
夏紀はそう言われてやっと現実に戻ったかのように、今、自分のしたことが急に恥ずかしくなってきて真っ赤になった。
「ああ、そうだね・・・い・・・行こうか・・・。」
先に夏紀が歩き出した。
「なあ、俺の事、呼んで。」
そう言われた夏紀は耳まで赤くして言った。
「・・・悠斗・・・」
「うん・・・・・・。」
夏紀は悠斗の顔も赤くなっているのに気付いていない。
悠斗はその後ろ姿を見ながら幸せをかみしめていた。
それは夏紀も同じだった。
そして2人はマンションに入って行った。
もうすぐ8月も終わりに差し掛かる、そんな夜の出来事。
おわり。
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