なろうよ。

〜生徒の視点・2〜

「あ、今日は俺が片づけておきますよ。 お疲れ様で〜す」
部活が終わると、俺はみんなが帰るのを待っていた。
そりゃあ、もちろん日下部と2人っきりになるため。
部活中、俺はずっと見つめながら微笑んでいたのに無視しやがって、あげくに隣にいくと距離をちょっとずつ置こうとするしっ。
ひでーやつだ。

よし、これで片づいただろう。
俺はニヤリとしながら準備室のドアを開けて
「カ〜ベちゃん」
と入っていく。
机に頭をぺったりと貼り付けて
「部活は終わっただろう? もう帰れ」
と俺を手でしっしっと追い払おうとする。 んなことで帰るかよ。
そおっと側までいって耳元で
「つれないなぁ、昨日は愛を確かめあった仲なのに」
と囁やくと、日下部はびっくりして飛び上がった。
「誰がそんなことしたんだよ!? 大体お前、美術部なんかに興味ないだろう?」
「あったり前じゃん、俺を良く知ってもらおうと思ってさ」
俺はそれまで準備室なんて入ったことがなかったから結構面白そう。
な〜んか油臭いけど。 あ、油絵の所為か。
周りを見回すと色々俺の目には珍しいもんがいっぱいある。
日下部はそんな俺を見て、
「何で俺なんだよー? ここは共学だぞ、可愛い女子がいっぱいいるじゃないか……」
と頬杖を付いて溜息を漏らした。 まあ、そう思うよなぁ、普通。
「そうなんだよなぁ、俺もそれが不思議なんだよ」
これ、本当。 けどさ、恋ってのはそんなもんじゃないのか? 好きになるのは理屈じゃないってことだ。

棚の所にあるでっかいキャンバスが俺の目を惹いた。
空の絵で、すごーく綺麗だった。 あかね色の空に小さな子供が長い影を引きずっている、ちょっとメルヘンちっくな可愛らしい絵。
「なあなあ、これってカベちゃんが描いたのか?」
俺がそう訊くと、面倒くさそうに「ああ、まあな……」と言われた。
「すげー上手いじゃん」
そっかー、これ日下部が描いたのかー。 何だか感動しちゃったぜ。
絵のこと、全然解んないけど、この絵は俺、好きだ。
優しい、それでいて何処か寂しげなノスタルジックを感じる。
こういう絵を描くなんて意外だなぁ。 へへ、日下部の知らなかった一面を見せてもらっちゃった。
それだけで嬉しくなっちまうなんて、かなりやつにイカレてる証拠だ。
俺はひとしきり感動した後、側に重ねてあったパイプ椅子を1脚取り出して、日下部の横に座った。
「お前なあ……」
「まあまあ、いいじゃん。 可愛い生徒が先生を慕って来てるんだぜ」
「どこが可愛いんだか」
「ひでー」
お、何だかさっきよりも迷惑そうな顔が薄れてきてないか?
チャ〜ンス! ほら、ここでひとつしおらしくして。
「だってさ、こうでもしないとカベちゃん俺のことちゃんと見てくれないじゃん。 告るまで俺の名前さえ知らなかったみたいだし……」
そうそう、ちょっと責めてみたりなんかして。 
どうどう? 俺って健気に見えてこない?
「それは俺が悪かったよ。 でもな、西尾、もしお前と俺が付き合ったら俺がまずいんだよ。 解るだろう?」
ほ〜お〜っ、そうきますか。 でもダメだよ。 そんなの通じないってば。
「俺が言わなきゃいいんだろ? そんなことカベちゃんと付き合えるなら誰にも言うわけないじゃんか。 秘密の恋人ってやつ? うわーそそられるシチュエーション」
自分で言って想像してうっとりしちゃった。 「秘密の恋人」だってさー、ロマンチックじゃ〜ん。
黄昏ちゃう。
「あ……あのな、お前が言わなくても何ていうか……雰囲気で解っちゃうだろ、そういうのって……」
もう、人が折角いい気分になってるのにーっ。
だから言ってやった。
「大丈夫だって。 だって誰も男同士で付き合ってるなんて思わないじゃん」
そうだよなー。 誰も共学の先生と生徒がホモカップルだなんて思わねーよなー。 
自分で納得。

ガチャリ。
「ああ、日下部先生いましたね」
ああん? 何でまた横山が出てくんだよ!?
マジ邪魔なやつだ。 もしかして出歯亀でもしてたんじゃねーのか?
「横山せんせー、日下部先生は今、俺と大事な話をしてるんスけど」
俺は思いっきり不機嫌な顔になって横山を睨んでやった。
「ああ、ごめんね。 でもそんなに2人っきりで永い間籠もってると変に思われるよ」
それはおめーがスケベな妄想してるだけだろ? 
「はぁっ? 意味わかんねー」
横山は笑顔と裏腹に声がムッとしている。
「またまた、嘘ばっかり」
「何だと?」
このセクハラオヤジがっ! もーガマンならねぇっ。 
おうっ、売られたケンカは買っちゃるぜ。
無言の睨み合いが続いて、日下部がそれに耐えきれなくなって
「お……おいっ。 止めてくれよ。 横山先生、ここはひとまず席を外してくれませんか?」
と横山に言い放った。
せんせー、えらいっ!
ふうっと息を吐いて横山は「しょうがないなぁ。」と言って出て行った。
ケケ、もう2度と来んな!
「やりー、ざまーみろっての」
勝った! これで横山よりは俺の方に分があるってことだよなっ。
それにしても、日下部もここまで言われてまさか横山の浅ましさに気付いてないってこと、ないよなぁ? 
「カベちゃんさー、横山に何かされた?」
俺が訊くと、一瞬固まったのは気の所為か?
「何って……?」
「だからー、迫られたりだとかー」
言っててまた横山にムカついてきたぞ。
「あるわけないだろう、ばかもん」
「でも横山のやつ、絶対にカベちゃんに気があるぜ、気を付けろよな」
そうさ、俺以外の男は日下部に触るの禁止だ! あいつは超危険人物だ!
ぜ〜ったいに日下部をオカズに毎晩抜いてるに違いない、決定!
……あれ? それって俺と同じか?
いや、違う! 俺は夕べ1回きりだ!
やつはきっともう何年もやってるって。
もしかしたら部屋に日下部のでっかいポスターかなんか貼っちゃってる可能性だって否定出来ないぞ。
うわ〜、変態もそこまでいくと終わりだな、やだやだ。 あいつこそ真性ホモだよな、げげ〜。
勝手な想像で横山に対してゾワ〜っとした。
それに比べて俺はなんて純粋に愛しちゃってるんだろう……。
な、せんせーもあんなセクハラオヤジ゙よりピチピチの若い男の方がいいだろう?
これからは部活がなくてもここに来て横山から守らなくっちゃ。
だからさ、
「これから毎日ここに来るからな」
と言って準備室から出て行った。 あ〜、めっちゃ楽しみ〜。



あれから1週間、俺は部活があろうがなかろうが毎日せっせと放課後になると日下部のところに行った。
まるで通い妻みたいだ。 それじゃあ、俺が奥さん役じゃ〜ん。
行くたびに1回は「好きだ」と「付き合ってよ」の言葉は必須だ。
取り敢えずその後には
「なあなあ、だんたんその気になってきた?」
と訊くことにしている。
ここ何日かは日下部も嫌がらずに、苦笑しながらも俺の話しを聞いてくれるし。
俺って単純なのかなぁ? それがすっごく嬉しくってさー、もっといっぱい自分を知って欲しくて色々話したんだ。
家族構成に始まって、小学校3年のときの初恋の美代ちゃんのことだとか。
いちいち頷いてくれるから結構律儀なのかもしれない。
話しながら、ふと気付くと、日下部が俺をじっと見ていたから、
「何見てんの? ははーん、やっと付き合う気になったってわけか?」
と言って笑いながら日下部に近づいた。

もう少しでもしかしたら落とせるかもしんない。
そう思ったら、いや〜なこと言ってきやがった。
「あのなぁ、いくらお前がそういうこと言っても無理だ」
「何でだよ?」
俺ってとっても努力してると思わない? なのに何でいっつも断られるんだよー!
その後の日下部のセリフは
「俺は男に欲情なんかしないんだよ!」
だった。

ショックだ。 それはあんまりな言葉じゃないか?
こんなに日下部のこと好きなやつなんて世界中探したって見つからないってのに、男ってだけではじかれちゃうのかよ?
フラフラと金の為にオヤジと平気で寝るような女の方がいいってのかよ?
信じらんねー! 
そんなに俺って魅力ない……?
「…………本当に…………?」
うわ……くやしくて涙が出てきた。 泣くんじゃねーよ、俺!
「本当に俺に欲情してくれない?」
俺は日下部にすんごく欲情すんのにな……。 ここで裸になってもダメか?
ちっくしょー! 日下部のばーか! 死んじまえー!
部屋の中をめちゃくちゃにしてやりたかったけど、これ以上嫌われたくもなかったから、俺はただ黙って泣いてるしかなかった。




あれから一週間、俺は部活はもちろん、美術の授業もフケた。
顔も見たくなかった。
日下部なんか横山にやられちまえー! お前なんか教師失格だー!
……はぁ……空しい……。
俺って女々しいよなぁ。 でもさ、いくら俺がウザかったからってあんな言い方はないよなっ。
絶対に日下部の方が悪い!!
何であんなやつが好きなんだろう? ホント俺って趣味ワル〜。
女癖悪そうだし、授業はテキトーにやってるし、油の匂いが染みついてるし。
酷い言葉を浴びせられても何で嫌いになれないんだよ。
その方がずっと楽なのにさー。

「おい、今週号のジャンプ貸せ」
と兄貴が部屋に入ってきた。
人が真剣に悩んでるっていうのに、この脳天気な兄貴は漫画かよ?
俺が黙っていると、ベッドの下に置いてあった雑誌を勝手に読もうとしていた。
「なあなあ、兄貴ィ」
「何だよ?」
鬱陶しそうに雑誌をめくっている。
「俺って色気ないと思う?」
「はあ?」
そんなこといきなり言われたもんだから、驚いて顔を上げた。
「俺見て欲情しない?」
「何で俺がてめーを見て欲情すんだよ? 気持ちワリーなっ」
だよなー、訊いた俺がバカだった。
枕に顔を埋めてハ〜ッと溜息を付いてると、なにやら俺の本棚の奥をゴソゴソやってたかと思うと、
「それってこれと何か関係あったりすんのか?」
と一冊の雑誌をひらひらと持ち上げて言ってきた。
!!!!!ぎゃあーっ!!!!!そっ……それはっ!!!隠してあった!!
ホモ雑誌だー!!!
「なっ……何でそれをっ!!」
兄貴は不敵な笑みを浮かべる。
「おめーの隠し場所なんかバレバレなんだよ。 しかし、俺の弟がホモか……。 あの大量のエロ雑誌はフェイクだったんだな」
「ちっ……違う! それはっ!」
エロ雑誌も好きなんだよ〜! 女の子も大好きだ〜! 兄貴にやらないからなっ!
「ん〜? 何か〜?」
ううっ、こいつに勝てるわけない。 俺は素直に白状するしかなかった。

「ええ? んじゃ、お前の好きなやつって日下部〜?」
こいつは去年俺が行ってる高校を卒業したから、日下部を知っている。
「どこがいいんだ? 信じらんねー。 お前さぁ、ホモになるにしてももっとマシなやつにしろよバカ」
ホモって言うなっ! ってかほっとけ!
その後「はー」とか「ありえねー」とか言いながら自分の部屋に戻っていった。
ああっ! ムリヤリ言わされたのに全然アドバイスもなしかよ!?
俺って言い損じゃん! ホンット使えねー兄貴だ!!  
    
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