パディントンという駅で降りた。 そこから列車で1時間、思ったより近い場所にある。 3時間くらい掛かると思ったから拍子抜けしちゃった。
成田空港から東京よりも近いじゃないか。 そう考えると外国人が日本に来たら、きっと凄く不便だと思うに違いない。
亮からチケットを受け取ると丁度9時30分出発。 あと30分くらい。
ここの駅は天井がアーチ型になっていてとっても大きい。
そう言えば「ハリーポッター」に出てきた駅ってここじゃなかったけ?
「ああ、似てるけどそれはキングクロス駅だ。」
と言われた。 何だ、そうだったのか。 あの9と3/4のプラットホームがあるかと期待しちゃった。
「朝、食ってないから腹減ってるだろ? サンドイッチでも食うか?」
「そうだね。 食べる。」
そう思ったけれど構内にサンドイッチが売っていなかったので、ハンバーガーになった。
イギリスまで来たのに昨日からハンバーガーばっかり食べてる。
あ、名物のフィッシュアンドチップスもまだ食べてない。 帰るまでに一度くらいは口にしておかなきゃ。
「オックスフォードってオックスフォード大学があるところ?」
「そ。 まあ、俺の頭じゃ大学は行けねーけどさー。 でも一度くらいは行ってみようかと思ってたんだ。」
心の中で密かに僕は、亮の頭がそこまで良くなくてホッとしていた。 だってそうなったらもっと逢えなくなってしまう。
何て自分勝手な事考えてるんだろう。 僕に亮の将来を縛る権利なんてないのに・・・。
「お、もうそろそろ乗られそうだな? じゃ、行くか。」
「あ、ちょっと待って。」
まだ一口分残っていたバーガーを口に突っ込んで、リュックをしょって歩き出す。
「えーと、6番線は・・・っとこれだな。」
青いラインの入ったシルバーの列車に乗り込む。
中は地下鉄と違って結構綺麗だった。 人もまばらで空いていたから、贅沢に6人がけに2人で向き合って座った。
「楽しみだな、延照。 きっとロンドンとは雰囲気が全然違うぜ。」
「うん、楽しみ。 だってまさか旅行に来て旅行するなんて思わなかったもん。」
「お前の事だから、きっと今から行くところの方が気に入る。」
「・・・亮、もしかして、だから一泊旅行決めたの?」
亮は外を見ながら言った。
「それもあるけど・・・俺の為でもある。」
「?」
「ま、何だって言いじゃんか。 思いっきり楽しもうぜ。」
「・・・うん・・・。」
列車が動き出すと、鼓動まで動き出す。 ドキドキ、ドキドキ。
今度こそ本当に亮と2人だけ。 もう、高鳴る胸は止まらない。
日差しが窓から入ってきて亮の輪郭がぼやけて眩しい。 目を細めると瞳に映るのは僕の好きな顔。 無精ヒゲがきらきら光って精悍な横顔に見とれる。
昨日よりも少し延びてきたヒゲは男らしさを強調していて、不潔とかそんな感じは全然しない。 得な顔をしてる。
僕だって男だから生えない訳じゃないけれど、あんまり体毛が濃くないから1週間に1回剃れば充分だ。
亮は朝剃っても夕方にはうっすらと延びてくる。 きっと男性ホルモンが僕より多いに違いない。
「何だよ、さっきから俺の顔見て。」
いきなり突っ込まれてサッと窓を見た。
「な・・・何でヒゲ剃らないのかと思って。」
「変か?」
「そうじゃないけど。」
「へへ、男らしくていいだろ? このまま伸ばしてみるかな。」
得意そうに笑っているけど、それはどうなんだろう・・・?
景色を見るとまだそんなにロンドンから離れていないのに全く違った光景になっている。
煉瓦の家がポツポツと建っていて遠くに丘が見えていた。
のどかな風景に緑が映える。
青い空と緑の大地が広がっていて日本とは違った色と絵。 目の前には亮。 いいな、こういうの。
ちらっと前を見ると、窓のサッシに肘をかけて気持ちよさそうに目を閉じていた。
列車が揺れるたびに亮の頭も前後に動いている。
あ〜あ、涎垂らしちゃって、子供みたい。
くすっと笑った。
今は僕だけの時間。 眠っているならば、その顔を見ていよう。
日本に帰っても、直ぐにこの顔を思い出せるよう、瞼の裏に亮が見えるように焼き付けておこう。
どうして亮が留学を決めたのか、僕はその理由を知らない。
それから暫くはそれが哀しくてくやしくて、少しだけ憎くなった。
少なくともそれまでは僕が一番近い存在だと思っていたから、いきなり間に高い壁が立ちはだかったように遠く感じた。 僕にはそれを壊す勇気もなかった。
でも亮から逢いたいと言ってきたからその壁は半分くらいになった気がする。
あとの半分はたぶん一生超えられないけれど・・・。
ねえ、亮、今好きな人がいるの?
今まで亮が付き合っていた女の子達は僕から見てもみんな可愛かった。
どうして彼女たちは誰も長続きしなかったんだろう?
僕だったら絶対に手放したりしないのに・・・。
「・・・あれ・・・? 延照、今何時?」
眠そうな声で亮が訊いてきた。
「えーと・・・。 10時20分。 もうすぐだね。」
「あと10分くらいか。 俺、どれくらい寝てた?」
「30分くらいかな。 凄く気持ちよさそうに眠ってたよ。 はい。」
ハンドタオルを差し出した。 亮はトイレに入って手を洗っても自然乾燥をするからハンカチすら持っていない。
「うげっ、涎が・・・。 サンキュー。」
「うん。」
遠くの方に街らしきものが見えてきた。 あれがオックスフォードだろうか。
名前しか知らない、外国の街に行くのは不思議な感じがする。 例えていうならば、本の中の出来事が現実になった感じ。
列車はゆっくりと止まる体勢になってきた。 もうすぐ扉が開く。
僕らはドアの前に立ってそれを待つことにした。 他にも何人かいて、結構降りる人がいるのに驚かされる。
止まった列車から一歩地面に降り立つと爽やかな空気が髪の毛を撫でていた。
「ん〜! 気持ちいいっ。」
伸びをして深呼吸をすると、ロンドンとはまた違ってその匂いはどことなく歴史の香りがする。
有名な所だからもっと大きな駅かと思ったらそんなこともなくて、温泉地くらいの大きさの駅だった。
改札を出ると、早速亮が次の切符を買う為に窓口に行った。
僕はベンチに座ってその後ろ姿を眺める。 駅員と英語で話してるのを見ていると、亮ってもしかして凄い人間かもしれないとか思えてくる。
英語が得意じゃない僕から見ると、ペラペラな亮は尊敬に値する。
僕には1つでも亮より得意な物ってあるのだろうか?
要領が悪いから頑張っても直ぐに裏目に出てしまう。
大学に入れたのだって奇跡に近い。 亮が勉強を見てくれなかったら到底無理だっただろう。 感謝してもしきれない。
「延照、あと3時間後の列車に乗る事になったぜ。」
「ああ、うん。 じゃ、それまでここにいるんだよね。」
「結構忙しいな。 昼飯もここで食わなきゃなんねーし。」
「じゃ、行こう。」
僕らは歩き出した。 道路には屋根のない二階建てバスが何台かのんびりと走っていて、観光地なんだと解る。
亮は団体行動が嫌で、僕は人見知りが激しいという理由から、観光バスには乗らなかった。
見る所は少なくても、時間に縛られずに2人のペースで歩いた方がいい。
折角の2人旅なんだもん。 誰にも邪魔はされたくない。
歩いていると僕らと同じ年代の人たちが沢山いて、街全体が大学の構内みたいだ。
ああ、でも僕よりみんな数十倍勉強が出来るんだよな。
少し行くと小さな運河があって、その橋の横に地図が建ってたからそれを見ると、至る所に「college」の文字。 本当に大学が中心の街なんだ。
運河を渡ると街が開けてきて、お店もかなりの数がひしめき合っている。
だけど、何処か懐かしさが漂っている。 どうしてだろう? デジャ・ヴってやつかもしれない。
暫くすると道幅が広がって、そこから車両禁止になっていた。
学生の街は人に優しい。
横道に入ると、プラタナスが黄色く色づいて目の前をチラチラと舞い落ちる。
「綺麗・・・。」
太陽が眩しくて手を目の上にかざすと、周りだけ半透明になって血潮が見える。 「手のひらを太陽に」は本当の唄だったんだ。
「乗っかてるぞ。」
亮は僕の頭に落ちた銀杏の葉っぱを1枚指で取ると、それを唇に当てて、ふうっと飛ばした。
何て絵になるんだろう。 何気ない仕草を見せるのが上手い。 自覚があるのかないのか、飄々としている姿が大人に見える。
その広い背中に抱きついてしまいたい。 亮の匂いを嗅ぎたい。
無意識にそこに手を伸ばそうとすると、くるっと亮が振り向いた。
「な・・・何・・・?」
危なかった・・・。 もう少しで手遅れになるところだった。
冷や汗が額を流れる。
「俺さ、行きたいとこがあるんだけど、いいか?」
「もちろんだよ。 何があるか僕には解んないし。」
「そっか? 学校の奴に教えてもらったんだけどさ、大学の博物館にマンモスの剥製があるんだって。 な、ちょっと見たくないか?」
嬉しそうに話すその顔は、無邪気で可愛い。 大の男を捕まえて、可愛いって表現はおかしいけど。
亮が笑うと、途端に少年に戻る。 丁度いたずらを思いついた時の顔とよく似ている。
それを見て、絶対に小学生の頃はガキ大将だったと確信する。
くすっと笑って「そうだね。」って答えると、
「ちぇ、子供っぽいとか思ってんだろ?」
と拗ね始めた。
「違うよー。」
そんな亮が好きなんだよ。
続きが言えなくて言葉を飲み込んだ。 別に今の振りだったら「友達」という前提があるから軽く言えたかもしれない。
だけどやましい気持ちがあるから、どうしても自分が気にしてしまって言えなかった。
亮との温度差がこんな所にも出てきてしまう。 ・・・やだな。
気温はぽかぽかして暖かい。 上着が無くても平気なくらいで、「イギリスは寒い」って言われてたのが嘘みたいだ。
「うりゃっ。」
突然、亮が僕の髪の毛をくしゃくしゃとし始めた。
「何すんだよ?」
「さっきのお返しっ。」
あかんべーを亮にされて、ムッとするよりも可笑しくて吹き出した。
「もうっ! 亮ってば・・・。」
時々子供みたいな事をする亮がとても愛しい。
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