スーツケースとパブ NO.12

道に少し迷って、人に尋ねてやっと目的地の博物館に着いた。
「おお、ここだ、ここ。」
いかにも大学の一部ですって感じの建物で、中はガラスケースに入った動物の剥製とか植物の化石とかそんな物が色々置いてある。
入り口が2階にあって、1階に降りていくと吹き抜けになった作りになっている。
実のところ、僕には化石とか剥製にあんまり興味がないけど、亮が目を輝かせている姿を見ると、それだけで嬉しくなってしまうから来て良かった。
「延照、こっち来てみなー!」

手招きされて側に行くと、動物の骨が沢山姿をそのままに飾られていた。
何故かそのコーナーだけはガラスケースに入っていなくて触れる距離に並べられている。
鹿やオオカミとか。
その一番奥に見たがっていたマンモスの剥製と骨が縦に並べられていて、亮は興奮している。
「すげーよな。 大昔に絶滅した動物の剥製が目の前にいるんだぜ。」
思ったよりマンモスは大きくなかった。 ほら、よくアニメとかで見るマンモスって凄く大きく描かれてない?
実際は象よりも小さい。 身体が毛に覆われているかの違いだけに感じる。
そう言えばマンモスのステーキを出すレストランが何処かの国にあるって聞いたことあるけど、本当かな?
やはりそこの博物館の名物がマンモスの剥製らしく、正面に椅子が置いてあって、記念撮影が出来る様になっていた。
「延照、写真撮ってもらおーぜ。」
僕の返事を聞く前に、学生らしき白人にカメラを渡していた。
亮は僕を椅子に座らせて、その横に立ってピースをしている。 何だか気恥ずかしくて、僕は苦笑いをしてしまった。
こんな事するのって日本人だけかもしれないと思っていたら、相手も撮ってくれ、と言ってきたのでホッとした。 何て小市民なんだ。
フラッシュがたかれると、怒られそうな気がしてくる。 
「満足、満足。」
ニコニコと嬉しそうな亮の笑顔。 そんなにマンモスが楽しみだったのか。
僕はどっちかと言うと、剥製とかよりも文明に興味がある。 いつかピラミッドとかマチュピチュ空中都市をこの目で見たいなー、って思ってるんだけど夢で終わる可能性が大かもしれない。 だって1人でそんなところに行く勇気ないから。
「さてと、次はどうするかな。」
「あ・・・あのさ、僕、お土産屋さん見たいんだけどいい?」
さっき通ってきた道にいっぱいお店が並んでて、ちょっと覗いてみたかった。
「おお、もちろん。 そっか、こっちにきてまだ全然土産買ってないもんな。 お袋さんとオヤジさんに何か買ってくんだろ?」
「うん。」
何度もうちに来たことのある亮はすっかりと僕の両親とも仲が良い。 父さんなんて亮が来るたびにお酒を酌み交わしていて、僕はちょっぴりヤキモチを妬いていた。
どっちに? 父さんに? 亮に?
人を惹き付ける事に関して、亮は天才だと思う。 側で見ていた僕には「来る者拒まず去る者追わず」を地でいっていた様に見えた。 女の子達が亮の元から離れていってもそれ以上追いかけるなんてことはしなかったし、だから・・・余計に怖い。 
そう言う意味では亮は冷たい人間に見えない事もないかもしれない。
もし僕が少しでも連絡するのを止めてしまえば、それっきりだと思ったから、躍起になって週1でメールをしてた。 
まるで「捨てないで。」とすがって泣くメロドラマのヒロインだ。 やだやだ、どうして僕ってばこんなに女々しいんだろう・・・。 
そんな僕を知るはずもない亮はふさふさと落ちている葉っぱを踏みながら、
「早く来いよー。」
と手招きをしている。
屈託のない笑顔が胸をチクッとさせる。 刺された針は取れることもなく、中心めがけて深く食い込んでくる。
「・・・どうしたんだよ?」
なかなか追いつかない僕を心配して見に来た。
「だって、亮の足が速いんだもん。 追いつけないよ。」
僕って酷いや。 全部亮の所為にしてる。
「しょうがねーな。 ほら、俺が背中押してやるから。」
そう言いながら僕の背中を走りながら押し出した。 自然に僕の足も早くなる。
「ちょ・・・ちょっと待ってっ・・・亮! 待ってってば・・・はは。 もう・・・あはは。」
男2人が縦に並んで走ってる姿は端から見るとかなりおかしい気がする。
でも、もうそんなのいいや。 亮が笑ってるからそれでいい。
「はぁっ。 やっぱこれはちょっときつかったな。」
「本当だよ・・・。 もうっ。」
息は切れたけど楽しかった。 周りを気にしないと言うのは何て自由なんだろう。 たったこれだけのことなのに馬鹿みたいに心が弾んでいる。
「とりあえず適当に入ってみるか。」
一番近い店から順番に入って行くことにした。
最初に入った店は、ライターとか小物が置いてある店で、「oxford」のロゴが何にでも入っていて、
「いかにも観光向けって感じだよな。」
と亮が笑った。 
「どうする?」
「うーん・・・次に行く。」
その後、何軒か先の衣料品店で色々見ると、生地がしっかりしてそうなトレーナーを見つけたので、父さんのお土産はそれに決定した。 もちろん大きなロゴ入り。
「父さん、びっくりするだろうな。 まさかオックスフォードまで行ってる何て思ってもいないだろうから。」
「あーあ、俺も驚いた顔、見てーな。」
だったら僕と一緒に日本に帰ろうよ。 そう言いたいけど、言うわけにはいかない。
「後でその時の様子をメールで送るよ。」
「そっか。 楽しみにしてるぞ。」
「うん。 母さんのはどうしよう・・・?」
「ここで無理に買わなくても明日、コッツウォルズで何か買えば? 蜂蜜とか有名らしいぜ。」
「あ、そうだよね。 じゃあ、そうしようかな。」
時計を見ると、あと1時間半しかない。
「う〜ん、その辺ぶらぶらして昼飯にするか。」
道を一歩入ると煉瓦の家が幾つも並んでいて、昔からの建物がとても情緒があって何処をとっても一枚の絵になっている。
大通り以外は驚くほど人がいない。 観光名所って何処もそんな感じなのかな。 
そこにいきなり教会が出現。 中に入る時間はないから周りだけぐるーっと廻ってみたけれど、やっぱり日本にある教会とは全然格が違う。 そんなこと言ったら怒られそうだけど、でも古さが味になっていて壁に生えている苔さえ必然なものとして成り立っている。
「かなわないよな。 やっぱ本場には。」
「そうだね。 歴史があるって感じ。」
古いことに誇りを持っているヨーロッパは日本人にとって一種の憧れを抱かせるのかもしれない。
名所になっててもちゃんとそこには人が生活をしていて、建物はその役割を果たしている。
「うわ、あと1時間しかないぞ。」
「うそ? もうそんなに経っちゃったの?」
「しょうがないから駅の近くで食べよう。」
と言うことになって駅から徒歩1分のインド料理の店へ入った。
「よし、ここなら万が一間に合わなそうだったらダッシュで走れる。」
昨日から中華とインド。 僕はいつになったらイギリス料理が食べられるんだろう。 ああ、でもニックが作ってくれたのはもしかしてイギリス料理かもしれない。
僕らは無難にカレーとナンを注文した。
「イギリスってインド人が多いよね?」
この国に来てからのずっと思っていた疑問。 サリー姿の女性を至る所で見かけたし、ターバンを巻いた男性も沢山いた。
「昔、インドがイギリスの植民地でそこから移民してきた人たちが大勢いたから。」 なんだって。 知らなかった。
歴史でやった気もするけど、全く覚えていない。
亮といると勉強になるなぁ。 とか感心する。 
僕は興味がないと頭の上を素通りするのに対し、亮はとりあえず何にでもチャレンジする。 到底真似出来ない。
なかなか出てこない料理にハラハラしながら時計を見ると、あと40分。
こんな事を気にするのは日本人だからだろうか?
ここにいると、みんなケ・セラ・セラ。 なるようにしかならいない、だからそんなに慌てても仕方ないじゃないか。 と言われている気がしてくる。
日本人はとても時間に正確でせかせかしている。 国民性の違い。 何だか羨ましい。
やっときたカレーはとっても美味しかった。 そんなに辛くもなくてココナッツが微かに香る。 さらさらなスープの様な液体にナンを付けて食べると、コクがあって奥が深いんだなー、とか思う。
「俺のも食ってみる?」
「うん。」
お互いのお皿を交換して食べてみると、今度は辛くて舌がひりひりしてきた。
「辛っ! なにこれ? 食べられないよ。」
「嘘だろー? これくらいが丁度いいじゃん。」
「え〜? 絶対亮の味覚変。」
「延照の方が、甘すぎて俺の中じゃ既にカレーじゃない。」
「何だよ。 もう、そっち返せ。」
「へいへい。」
どうせ僕は辛いのが苦手だよ。 中学校の給食のカレーライスでさえ辛かったよ。 あーあ、お陰で水がこんなに減っちゃった。
口直しに自分が注文した方を食べる。
やっぱりこっちの方が美味しい。 そっち注文しなくて良かった。
そんな僕を亮がじっと見ている。
「何ー?」
「いや、延照のそう言うところ、変わってなくていいなーって思って。」
どういう意味? 子供っぽいって事? でもからかってるって顔でもない。 どっちかって言うと、優しく見守っている顔。 ドキッとしてナンを口に放り込んだ。
さっさと食べ終わった亮は僕を待っているかたちになって、頬杖を突いてこっちを見ている。
「そ・・・そんなに見られたら食べられないよ。」
「あ、そう? んじゃちょっとくれ。」
「え〜? さっきは甘すぎるとか馬鹿にしてたくせに。」
って反論すると、
「不味いとは言ってないだろ? カレーだと思わなきゃ旨いよ。」
だってさ。 残っていた僕のナンを半分ちぎって勝手に食べた。
いいんだけど、でも何か釈然としない。 僕を見てたのはカレーが食べたかったから?
「延照待ってたら、間に合わないよ。 あと10分。」
ええ? 時が経つのが早い。
急いで残りを口に押し込んで食べた。 ゴホッと咳が出る。
「慌てなくてもいいから。」
笑って亮が勘定を済ませていた。
僕は残りの水を一気に飲んで思わず日本語で「ごちそうさま。」と言って店を出た。
それから早歩きでホームまで行ったけれど、結局列車が来たのは予定より15分後だった。
こんなことならもっとゆっくり食事したかったよ〜。
亮がくっくっと笑っているのが見えてじーっと睨んだ。
「こっからどれくらいなんだよっ!?」
「えー? 大体40分から50分くらいかな。」
「亮!」
「何?」
「笑い過ぎ!」
耐えきれずに亮は声を出して笑い出した。
「あっはっはっ。 やっぱ延照、お前って可愛いな。」
「!! 知らないっ。」
・・・列車はゆくよ、何処までも。 僕らを乗せて何処までも・・・。
「おーい、延照〜、機嫌直せってば〜。」

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