スーツケースとパブ NO.13

列車の中でパラパラとガイドを見ていた僕は、あることに気付いた。
それはこれから行くコッツウォルズのページ。 
それまではずっとロンドンのところばかり見ていて他のページは全然見ていなかった。 必要ないと思ったから。
コッツウォルズというのは地方の名称らしい。 いくつもの村を併せてそう呼ぶのだそう。
僕はコッツウォルズとは1つの街の名前だとばかり思っていた。
見ておいて良かった。 亮に訊いてまた恥を晒すところだった。
写真を見ると、可愛らしい家が映っていて、確かにロンドンよりも僕好みの建物だ。
「延照く〜ん、もう機嫌直った?」
亮が言葉とは裏腹にニッと笑っている。
「・・・これから行くのは何ていう村?」
「村じゃねーよ、チェルトナムっていう街。」
「え? コッツウォルズにも街があるの?」
「ああ、いや、そうじゃなくてコッツウォルズに一番近い街。」
村には列車が通っていなくて、チェルトナムから観光バスや自動車で色々廻るのが定番らしい。
ガイドをめくっていくと、ちゃんとそう書いてあった。
そっち見てから口を開けば良かった。 何か悔しい。
「・・・延照、コッツウォルズを1個の街だと思ってただろ?」
ばれてるっ。 意地悪そうな笑い顔が目の前にあって、知ったかぶりはするもんじゃないと思った。
唇を尖らせてほっぺたを膨らませた。
亮は人差し指を僕の膨らんだ頬に当てて空気を抜く。 プウッと音がする。
「亮はずるい。」
「何で?」
「だって何でも知ってて、僕が馬鹿なのがすぐ解っちゃうんだもん。」
「延照は馬鹿じゃないよ。 それに俺はイギリスに住んで1年も経つんだぜ。 詳しくて当たり前だろ?」
「そうだけど・・・。」
それだけじゃなくて、昔からそうだった。 っていうのは悔しいから黙っておこう。
僕はだだっ子の様にもう一度頬を膨らませると、亮がそれを今度は両手で一気に押す。
「俺、延照のほっぺ好きなんだよなー。」
「ええ?」
「このぷにぷに感が堪らない。」
そう言って僕の頬を触っている。 どうしていいか解らなくて、つい足下に視線を下ろした。
きっと赤くなっている。 だからもう止めてよ。
すっと亮の手が離れて、気付くと外に顔が向いていた。
また僕だけ手のひらで踊らされた。 やっぱり亮は意地悪だ。
「・・・・・・鈍感・・・・・・。」
「え? な・・・何?」
言われた気がして声を掛けると、「何が?」と反対に質問される。
「今、何か言わなかった?」
「・・・何も言ってねーよ。」
「そう・・・。」
亮の声でそら耳まで聞こえる何て、僕はそうとうキテる。 重傷、病院行ってこいって感じ。
景色が次から次へとスライドされるのをボーッと眺めながら、ほわりとした空気が僕らを包み込んでいるのに、何処か不安定。
亮の表情も微妙に見えるのは気のせいだろうか?
温いお湯につかってこれからどうしようか? と言うような不安げな空間。
楽しいのに、それだけじゃない僕の想いに拍車が掛かっていく。
何かしゃべってないと、呼吸が止まりそう。
「ね・・・ねえ、チェルトナムってどんなとこなのかな?」
自分でも何言ってるかよく解らないけど、何でもいいから話さなければ。
「うーん、俺も行ったことある訳じゃないからなー。 でも人に聞くところによると結構大きい街だって言ってたぜ。」
「そうなんだー。 お店とか色々あるのかな?」
「ああ、スーパーとかもあるって言ってたから期待出来るかもな。」
「そっか。 亮が予約したホテルってどんなの?」
「プチホテルって感じだったかな、写真で見る限り。」
「へー、僕、そーゆーとこ初めてだから楽しみ。」
それから僕はどうでもいいことばかりしゃべり続けた。
会話が途切れると死んでしまうかの様な錯覚を起こしながら・・・。
こんなにひっきりなしに話したのは初めてで、亮はちょっと困惑してたかもしれない。 



チェルトナムの駅に着いた時、僕は少しぐったりしていた。 無理に口を開き続けるのは疲れる。
構内はオックスフォードよりも一回り小さかった。 人もまばらで地方に来たって感じ。
「え〜と、こっからどう行けばいいんだ?」
亮が駅で手に入れた地図とにらめっこしている。 こういう時は僕はヘタに声を掛けない方がいい。 地図は英語だし、僕は方向音痴だ。
「よし、たぶんこっちだ。」
と坂を登り始めた。 
大きな街って聞いた割には店らしきものが何もない。
「駅と街が離れているみたいだぞ。」
と亮に言われて、そんな場所もあるのか、と驚いた。
自動車が結構通っていて、納得する。
歩いていると、「hotel」の文字があちらこちらに見えてその殆どが小さいホテルだった。 やっぱりこういうところに来たら大きいホテルじゃなくてプチホテルの方が街にとけ込んでる気がしていいよね。
「あれー? どっちだ?」
「迷ったの?」
「うーん・・・。 人に訊いてくる。」
地元らしき人を捕まえて道を訊いて、「Thank you!」と言って僕に手招きをした。
「こっちらしいんだけど、ホテルがいっぱいあってよく解んねーみたい。」
「でも散歩してるみたいで楽しいよ。」
「そっかー? 俺は早く見つけて一息つきたいけどな。」
亮と一緒だから道に迷っても全然不安じゃないし、何だかこういうのも楽しい。 いつもの僕ならきっと慌てふためいているんだろうけど。
気分が高揚してるのが自分で解るんだ。 深い場所ではチクチクしてるけど、それでも2人だから嬉しい。
それから数人の人に訊きながら着いたホテルは、少し解りにくい場所にあったけれど、外観がすっきりした白い建物だった。
中に入ると、若い女の人が出てきて、笑顔で僕らを迎えた。
何て言ってるかは解らないけれど、にっこりと微笑んだ顔にホッとさせられる。
プロだな〜。
案内された部屋に入って目の前に拡がった光景に目を丸くした。 ・・・この感じは・・・何ていうか・・・どう見ても・・・。
「新婚さんいらっしゃ〜い、って感じだな〜。」
亮が僕の感想を代弁した。
「う・・・うん・・・。」
華美じゃないけれどセンスが感じられるベッドカバーや、カーテンの柄や骨董品みたいな机や・・・。
若い恋人達が喜びそうな、ヨーロピアンな部屋。
ダブルベッドじゃないのが唯一の救いだ。
ここで一晩、亮と過ごすのか? 2人だけで・・・一晩・・・他にだあれもいないこの部屋で・・・。
うわっ、どうしよう。 どうするも何もないけど、意識するなって言う方が無理。
亮は早速タバコに火を付けていた。
・・・気にしてるのは僕だけって事か・・・何かバカみたい・・・。
荷物を降ろしてベッドに飛び込んだ。 顔を見られるのが恥ずかしい。
亮が吸い終わる間、ずっとベッドに突っ伏してた。
早く正常にならなきゃ。と思っていたら、いきなりジーンズの上からお尻を撫でられてびっくりして起きあがった。
「何!?」
「セクハラ。」
横にしゃがんだ亮はニヤリと笑っている。
「なっ・・・なっ・・・。」
「だってそのまま寝ちゃいそうだったから。 感じた?」
「かっ・・・。 そっ・・・そんなわけないだろ!!」
「つまんねーの。」
「亮!」
「うそうそ、冗談。」
やばい、やばいよ、凄く感じた。 身体がどんどん火照ってくる。 折角顔色を元に戻していたのに、全部台無しじゃないかっ。
亮のばかばかばかー!
ふざけただけなのに、感じてる僕はもっとばかばかばかー!だ。
2本目のタバコの煙が部屋を微かに白く染めていく。
煙の向こうの亮は哀しいほど平然として、何事もなかったみたいに美味しそうに吸っている。 タバコのどこが美味しいのか僕には解らないけど。
「これからどうする? 街に出てみるか?」
「・・・・・・そうだね・・・。」
からかわれた僕だけが置いてけぼり。 くやしいからこっちも平然とかまえようとしたけれど、どう映ったか自信がない。
まだ身体は熱を持っていて、触られた感触が取れない。 なにもあんなとこ撫でなくてもいいじゃないか、他にあるじゃない、頭とか顔とかさ・・・。
顔!? ここに来てから何度か亮が触った頬を思い出してまた紅くなる。
どうしてこんなことばかりするんだ? 
もともとスキンシップが好きな亮だけど、朝の電車の中のはやりすぎだよ、だってどうしていいか解らなくなる・・・。
あのままキスされたらどんなに良かっただろう。 その唇は柔らかいのだろうか? 触れてみたい、一度だけでいいから口吻たい・・・。
どんどん自分の中で妄想が膨らんで、首をブンブンと振った。
「もう行こう。 夕方になっちゃうよ。」
「そうだな、行くか。」
リュックから必要なものだけを残して、僕らは部屋を出た。
どうか帰るまでに部屋の中に置いてきた残留思念が消えてますように。

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