スーツケースとパブ NO.14

亮が地図を見ながら着いたのはインペリアルガーデンという綺麗な花が咲いている公園だった。
「こっから直ぐ街になるみたいだぜ。 折角だからちょっと見ていこう。 有名な公園らしいから。」
「うん。 綺麗な花ばっかりだね。」
自然に顔がほころぶ。 花ってどうして人をこんなに落ち着かせるんだろう。
赤、白、黄色。 まるでチューリップの唄の様に色とりどり咲いていて和む。
「ねえ、亮、小さいけど、凄く可愛いよ。 来てみなよ。」
花の前にしゃがんでベンチに座っていた亮を呼んだ。 
「よっ。」と立ち上がってこっちに向かって歩く亮の足下にも花。
「どれ?」
「これ。 ね、可愛いでしょ? 何て言う名前かな?」
「俺に花の名前を訊くなよ。」
「だよね〜。」
「あのな〜。」
「はは、やっぱ女の子の方が詳しいもんね。」
自然に笑みがこぼれる。 花の威力は偉大だ。
「・・・・・・の方が可愛いよ・・・。」
「え?」
「何でもない。 あーもー行くぞ。」
亮はすっくと立ち上がってすたすたと歩き出してしまった。
ちょっと呆然として亮を見る。 今、何て言ったの? よく聞こえなかった。
昨日から亮は僕に何かを言いたがっているのに躊躇してる気がする。
もしかして悩み事を打ち明けてくれようとしてるんじゃないのかな?
だったらどうして最後まで言ってくれないんだろう? やっぱり僕が頼りないから?
きっと慣れない外国暮らしでストレスだって溜まってるはずなのに、そういうことは一切口にしない亮が羨ましくもあるけど、哀しくもある。
僕にだけは何でも言って欲しいのに。
図々しいね、自分は一番大事な事を言ってないくせに。
いつから僕はこんなに欲張りになったのだろう。 側にいるだけで幸せだったはずなのに・・・それなのに今はこんなにも心の中が独占欲でいっぱいだ。
逢えなかった時間がそうさせたのだろうか、もう思い出せない。
亮・・・亮・・・。
「亮・・・。」
「ん? 何だ?」
「え?」
やばっ。 無意識に声に出してた。 何か言わなければ。
「あ・・・あのさ、コッツウォルズは明日行くの?」
「そうそう。 明日、タクシーで幾つかの村に行こうかと思ってる。」
「凄く綺麗なんだろうね。」
「たぶんな。 ロンドンみたいにゴチャゴチャしてないだろうし、延照にものんびりして欲しいし。」
「明日が待ち遠しい。」
こつんと亮の肩に頭を置いた。 触れた場所から体温が混ざり合う。
「の・・・延照・・・?」
亮は僕からくっついてきたから驚いている。 たまにはいいじゃないか、僕からスキンシップしても。
いつも亮は抱きついてきて困らせるから、その権利はあるはずだ。
こうして並んで歩いてると、他人にはどう見えるんだろう? やっぱりゲイカップルに見えちゃう? それとも酔っぱらった友人を介抱している様に見えてるのかな?
今日の僕は少し変だ。 楽になりたいのにどんどん自分を追い込んでいってる。
楽になるってどういう事だろう。 離れても忘れられなければ、側にいても苦しい。 ・・・そうだよ、楽になるなんてとっくに不可能なんだ。
喉に引っかかった言葉は何度心に深く戻しても、いつの間にか血液と共に身体中を駆けめぐってしまう。
同じ所をぐるぐると、まるでメビウスの輪の様に止まることさえ出来ない。
「延照・・・どうしたんだ・・・?」
「ううん。 でも亮の彼女に悪いかな? 何日も僕がいるから逢えないんだよね。」
馬鹿な事、口にしてる・・・。 この期に及んで自分の首を絞めてどうするんだよ。
「そんなのいないよ。 こっちに来てから誰とも付き合ってねーし。」
「でも・・・好きな人くらいいるんだろ?」
亮の顔を見ながら、心の中では「いない。」と言って欲しいと思っている。
でも亮はじっと僕を見返して言った。
「・・・・・・いる。」
一瞬、周りが真っ暗になった。 
「そ・・・そうだよね・・・。 好きな人くらい、いるよね。 こっちの人、みんなスタイルいいし、美人だし・・・。」
「・・・イギリス人じゃない・・・。」
「あ、そうなんだ・・・。 じゃあ、同じ留学生?」
「違う。」
「ええ? じゃあ、誰?」
なるべく笑っていたい、そうしないと涙が出てくるから。
「・・・・・・内緒。」
「けちー。 いいじゃん、教えてくれたって。 でも、その人と上手くいくといいね、大丈夫だよ、亮は格好いいし。」
ねえ、僕ちゃんと笑えてる? おかしくない?
「・・・でもそいつ、すげー鈍感だし全然気付いてないから無理だな・・・。」
溜息をついて亮は愚痴る。
「なーに言ってんだよ。 だったら亮から告白でもなんでもすればいいじゃん。」
映ったのは亮の少し哀しげな顔。 一体誰が亮にそんな顔させてるんだろう? 羨ましい・・・。
「・・・・・・そうだな・・・。」
目を伏せて憂いが香ってくる亮が、僕には寂しい。
亮の口からそんな事、聞きたくなかった。 なのに自分の口からは嘘つきが飛び出してくる。
「応援してるよ。 上手くいったらメールで教えてくれるよね。」
「・・・・・・ああ・・・・・・。」
嫌だ、そんなの嘘だよ、亮。 僕が知らないところで知らない人と上手くなんていって欲しくない。
「そうだ、明日のタクシー、予約しておかなきゃな。」
公園の側にタクシー乗り場があって、亮は適当な運転手を捕まえて交渉し始めた。
それを眺めながら、亮にとって僕は友達なんだ、と哀しくなる。 例え一番の親友であったとしても、そんなの僕は望んでいないんだ。
たった1つの望みは死ぬまで叶えられることはないのに、離れる事も出来ない。 袋小路に入り込んでしまった。
このまま蟻にでもなって亮に踏みつぶされればいいのに・・・。
「延照、明日のタクシー、決まったぞ。 9時にホテルまで迎えに来てくれるってさ。」
手に運転手からもらった名刺をひらひらさせて嬉しそうに僕の側に来た。
「ああ、うん。 迎えに来てくれるんだ、親切なんだね。」
「俺の交渉の賜物だ。」
ニッと笑った亮に合わせて僕も笑った。
「そうだね。 亮の交渉力のお陰だ。」
これ以上亮の好きな人の話を聞きたくない僕は、話が逸れてホッとした。
歩いていると少しずつ人と店が増えていき、かなり開けた街だと気付く。
店は土産屋とかじゃなくて、普通に地元の人が行きそうな店が沢山並んでいて、生活の匂いがする。
自分とはかけ離れた世界なのに生活感があるのが何だか不思議。
「どっか店入る?」
亮が訊いてきたので
「うーん・・・、あ、スーパー行ってみたいな。」
と言った。
「延照、変なとこ行きたがるんだなー。」
「いいじゃんかー。 だって日本には売ってない物とか色々あって面白そうだし。」
僕は結構夕飯の買い物とかを母さんから頼まれてよく買っているから、スーパーにはうるさいんだよ。 まあ、だからってイギリスの田舎に来てまでスーパー行くのもどうかとは思ったけどさ、でも何か言わないとだめだと思ったから。
思わず口にしたのがスーパー・・・。 庶民臭い・・・。
「いいよ、延照が行きたいとこ行こう。」
くしゃっと僕の頭を撫でて笑いながらスーパーマーケットに向かって歩く亮。
暫く切ってなさそうな前髪が目に入りそう。 どっちかっていうと外見を余り気にしない亮は太陽と同じ香りがする。
「延照が好きなスーパーに着いたぞ。」
なーんか嫌みな言い方。
入ると野菜の並べ方も日本と違って新鮮。 野菜もビニール袋になんか入ってなくて、全部1個単位で売られている。
「こっちの野菜ってカラフルだね。」
最近は日本でもよく見かけるようになったパプリカだけど、黒とか紫まである。
ドリンクもカラフル。 身体に悪そうだけど、でも飲んでみたい気もするんだよね。
ワクワクしてきた。 やっぱり品物が日本と違って面白い。
「呆れてる・・・?」
こんなところではしゃいでる僕は、亮から見ると馬鹿みたいに見えちゃってるかな?
「そんなことねーよ。 延照見てる方が俺は面白いけどな。」
やっぱり呆れてる。 ちぇ。
こういうとこに来た方がその国の生活が解っていいじゃないか。
お菓子売り場に来てびっくりな事が1つ。
「亮! ケーキが売ってる。 何これ?」
キャンディーやらクッキーに混じってケーキがホールで箱ごと売られていた。
しかも水色とか赤とか黄色とか・・・とにかく強烈な色彩で本当に食べられるのかと首を傾げる程。
「それって日本で売ってる様なケーキじゃなくて、中はナッツとかが固められてるんだぜ。 表面もクリームじゃなくて砂糖を固めたやつ。」
あ、本当だ、よく見るとマジパンみたいに堅そうだ。
「これをみんな普通に食べるのかなぁ?」
「俺は食べる気しないけどな。 でもこっちじゃ結婚式とかにそういうやつ作って数年後に食べるとかあるらしいぞ。 何とかプディングって言った気がする。」
「そんなに日持ちするんだ? 凄い・・・。」
「でも不味そうじゃん。」
確かに・・・美味しくなさそう。 日本人には合わないな、きっと。
何を買うわけでもないけど、ただ眺めてるだけでスーパーって楽しい。
「満足したか?」
スーパーを出ると亮が言ってきた。
「うん、満足したけど・・・馬鹿にしてるだろう?」
「してねーってば。」
だったらその笑いは何なんだよ〜?
もう夕暮れになってきた街はさっきよりも若者を多く見るようになった。
夜遊びに出るのは何処の国でも同じなんだなぁ。
周りは暗くなるに連れて繁華街に変化している。 時間は夜の7時。
イギリスでは真冬になると3時には暗くなるんだって。 信じられない。
でも世界には白夜とかあるし、神秘的だ。
「これからどうする? 何処で飯食うかなー?」
亮は食事の心配をする係になってる。 いかにもらしくて笑っちゃう。

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