スーツケースとパブ NO.16

〜4日目〜

今朝は最悪の目覚めだ。
鏡を見ると目は昨日のお陰で充血してるし、腫れている。
すっごい不細工、やだな・・・。
あれから余り眠れずに1人、色々考えてしまった。 自分の事、亮の事。
ゴミ箱に入ったティッシュに気付かれたらどうしよう? とか小心者な僕は情けない事まで悩んでしまう。
でも夕べはああするしか自分を押さえる事が出来なかったんだ。
あんな姿、亮に見られたら死んじゃう。 最低、最低、最低、と思いながらもキスさえ出来ない僕は自慰でしか欲望の吐き出す場所がない。
こんな汚い僕を亮は知らない。 知って欲しくない。
そりゃあ、男だから生理的欲求は誰にでもあるに決まってるけど、まさか自分がその対象になってるってばれたら絶対に嫌われるよね・・・。
「ふあ〜。」
亮が大きな欠伸を1つ。 昨日は結構早く眠った筈なのに。
「眠いの?」
「ん? ああ、何かな。」
お気楽極楽な顔が何だか恨めしい。 1人で悶々としてる自分に自嘲したくなる。
「それより、延照の方が目、凄いことになってないか?」
ギクッと硬直した。
「え・・・? そう・・・? ああ、ほら昨日亮が眠ったあとテレビ見てたんだ。 その所為だよ、きっと。」
「ふ〜ん・・・。」
相変わらずヘタな言い訳。 頭悪すぎだ。
今日の僕は昨日と変わらずに振る舞えてるだろうか?
朝食は食堂に案内されてそこで食べることになっていた。
8時に入った時、僕らだけだった。
他の客はもう食べたのだろうか? それとももしかして客は僕らだけ?
昨日から人の気配がしないし、オフシーズンだし・・・それって貸し切りだったって事? 
嬉しい様な、恥ずかしい様な感情が沸き上がる。
このホテルに従業員と亮と僕だけ・・・。 従業員の人は僕らをどんな風に見ているんだろう?

用意されていた料理はプレートに目玉焼きとか、ソーセージとか焼いたトマトが乗っていて、訊いたらこれが一般的なイギリスの朝ご飯らしい。
と言うことはやっと僕はイギリス料理にありつけたということか。
豆のトマト煮みたいなのが美味しいし、トーストもさっくりとして良い感じだった。
結構イケるじゃんか。 亮があんまり薦めなかったのが不思議だ。
「だって俺はパンは焼かない方が好きだし、その豆も何か甘くないか?」
なーんだ、辛党の亮には合わないだけか。 じゃあ、僕にはぴったりって事じゃん。
やっぱり人の味覚は当てにならないな。 と思ってたら、僕は自分の分を全部食べてしまった。
「おお、今日は良い食べっぷり。」
「だって、美味しいんだもん。」
「へー、意外。 良い傾向だな。」
自分の分を食べただけなのに、何故か大食いみたいな言い方をされた。
そんなにいつもは少食かなぁ? 夕べは確かに料理が合わなくてあんまり食べなかったけど。
でも嬉しかったんだもん。 やっとイギリス料理を食べられたから。
あ、でも朝食ってイギリス料理に入るの? どっちでもいいか。
部屋に戻って少しだけ時間を潰す。 あんまりこの部屋にいたくないんだけど、しょうがない。
ベッドメイキングの人、ごめんなさい。 ちょっとだけティッシュが間に合わなくて汚してしまいました。 ああ、もうどうしようもない人間だよ。
亮はベッドに寝っ転がってうとうとしてるし。 あんなに早く寝たのにまだ眠いのかな? 本当に眠いのは僕だ。 たぶん2時間くらいしか寝てない。
目を瞑っても、そうすればするほど僕の瞳孔は冴えてきて、終いには羊まで数えていた。
コンコンとドアをノックされたから慌てて「イ・・・イエス」と言いながら亮の肩をポンと叩いた。
途端に亮の身体がビクッとして、
「何だ!?」
とがばっと起きて僕は睨まれた様な気がして訳が解らない。
「・・・え・・・?」
ただ肩を叩いただけなのに、何でそんなに驚くんだよ。
「何って・・・ドアがノックされてるから・・・。」
僕をじっと怖い顔で見つめる亮。 それから溜息をつくと
「ワリー、変な夢見てた。」
と言ってベッドから起き出してドアに向かった。 僕、何か悪いことした・・・?
ドアの向こうにいたのは昨日の女の人で、2人で談笑している。
僕も英語が出来たら良かったのにな。 だって何を話してるか気になるんだもん。
「延照、タクシー迎えに来たって。」
「あ・・・うん、解った。」
何だ、それだけ? 
ここにいるときは亮の笑顔、独り占めしたいって思うのは我が儘なのかな?
リュックと昨日買ったお土産を持って部屋を出る。
もう2度と来ることはないと思うけれど、きっとこの部屋を忘れられない気がする。 だって・・・あんな事、自分の部屋以外でしたの初めてだから・・・。
しかも隣に亮がいるのにしちゃったんだ。 
そう思うとどーんと谷底に突き落とされた気分になる。
「行くぞ〜。」
亮はフロントと呼べるか解らない様な小さなテーブルで精算をしていた。
良く考えたらタバコ代なんかより僕に奢ってくれてるお金の方がよっぽど掛かってない?
何で? 
払い終わるとホテルの女性と頬にキスしあっていた。 キス!? 
どうしてキスする必要があるんだよ? すごーく嫉妬。 むかむかする。
って思ってたら彼女はニコニコ笑いながら僕の頬にもキスしてきた。
・・・そうか、こっちではこんなの挨拶なんだ。 僕って小さい人間だ。 何でもないキスでさえ亮にはして欲しくないと思ってしまう。
それにしても女の人って柔らかいんだなぁ、いい匂いもするし。
やっぱり男だったらこういう人を好きになるんだよね。
「延照、お前照れてるのかー?」
亮はニヤニヤしながら僕に言ってきた。
「ち・・・違うよっ。 そんなんじゃないけど・・・。」
そんなんじゃないけど、女の人にキスされるのなんて初めての経験で、正直言うとニックにされた時より嫌な感じはしなかった。
そりゃあ、唇と頬じゃ雲泥の差があるんだろうけど。
それにしても僕なんて眠っている人間にさえ不可能だったっていうのに、どうしてみんな普通に平気でキス出来るんだよ?
・・・何だか「キス」って言葉が一人歩きをして頭の中を駆けめぐっていて、重い。
「俺もしてやろうか?」
「はあっ!?」
何を言い出すんだ? 亮はっ。
キッと睨んだらまだニヤッとしている顔がこっちを見てて遊ばれてる事に気付く。 本当に亮の事を蹴りたくなった。 
どうしてそんなに気を持たせる様な事を平気で言えるの?
それってやっぱり友達として見てるからだよね・・・。 友達ならふざけてキスしても許されるのかな。
「もー、延照は免疫なくてホント、面白いよ。」
僕の想いをそんな風に言うなんてヒドイ。 亮なんて・・・亮なんて・・・。
「いーっだ。」
「はは、ワリーワリー。 でもさ、お前は今のままでいろよ。」
「・・・どういう意味?」
「そのまんまの意味。」
だからそれはどういう意味? って訊きたかったけど、どうせ子供のまんまとかそういう事だろうと勝手に解釈した。
周りの人より童顔で、高校生とか言っても誰も疑問に思わないこの顔が嫌いだ。 一応僕だって亮と同じ21歳なのに、十中八九年相応に見られやしない。
・・・でも本当は顔よりも問題なのは性格の方だって事も解ってる。 
いつだって周りの人の顔色を見ながらビクビクして自分の意見は飲み込んでしまう。
それが他人にはイライラするみたいで、いじめられてるわけじゃないけれど特別仲良くもなれない。 
亮は初めて同じクラスになった時から何故だか僕に話しかけてきて、それから僕も何となく亮といるときは心を開けるようになった。
・・・僕の中に別の感情が入り込むまでは・・・。
「Hello!」
運転手が声を掛けてきた。
人の良さそうな中年の男性で、笑うと少しフィリップ・ノワレに似てる。
亮が「今日はよろしく。」みたいな事を話していた。
タクシーに乗り込んで出発するまでホテルの彼女が僕らを見送ってくれていて、ちょっと感動しちゃった。 
「今から5時間で3〜4カ所色んな村を見て廻るからな。」
「そんなに廻るの?」
「そ、俺も何処がいいか良く解らないからこの運ちゃんに任せる。 その方が効率良く見られるかと思ってさ。」
そっか、亮もここに来たのは初めてなんだよね。
2人共コッツウォルズは初体験なんだ。
「ん? 延照、何で赤くなってるんだ?」
「え!? 別に・・・。」
「初体験」の言葉に自分で恥ずかしくなっちゃった。 ばかっ。 何を考えてるんだよ。

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