スーツケースとパブ NO.18

 

それから僕らは一緒に村を廻った。
横にはいつもの亮がいて・・・知らない場所なのにそれだけで不安なんか飛んでいってしまう。
「うわっ、あと5分しかないぞ。」
「え? もう? まだお土産見てないのに〜。」
「次の村で何か買っちゃえ。」
「そうする。」
ぶらぶら歩いていると、時が経つのが早い。 慌てて車に戻ると、運転手のおじさんはにっこり出迎えてくれた。
ホテルの人もそうだったけど、こっちの人は愛想が凄くいい。 客商売だから当然と言えばそうなのかもしれないけど、それだけじゃなくて何て言うか・・・屈託のない顔をしていて、もしかしたらこの辺りの地方の特徴なのかもしれない。
まるで僕たちを孫を見るかのように微笑んでくれて、あ、いいな、って思わせてくれる。
「ん? どした?」
「何かいいよね、こんな風に過ごすの。」
「そっか、喜んでくれて良かったよ。」
「亮のお陰だよね。」
僕は照れて「へへっ。」と笑った。
亮は何も言わずにただ笑い返してくれる。 こんな時間が僕には大切な想い出になるんだろうか?
もう、迷わない。
亮のその笑顔を僕は一生忘れないから・・・だから強くなれそうな気がするよ、少なくとも今は・・・。


                       
次に着いた村は、さっきよりも落ち着いた雰囲気で、建物も煉瓦から石畳に変わっていた。
家には赤い蔦が絡み合っていて、だけれどロンドン塔で感じた血のイメージじゃなくて、暖かい暖炉のようなイメージ。
たぶん同じ種類なんだろうけど、場所が違うだけでこうも印象が変わるものなのか、と感心した。
歩いていると、村の中心に小川があってせせらぎが聞こえる。
水音ってそれだけで心が落ち着くのは何故だろう? 柔らかに癒されていくみたいだ。
川の中にはあひるもぱしゃぱしゃと音をさせて、ここはおとぎの国のよう。
横道に入ると水車まであった。
「すごーい、ちゃんと動いてるよ、初めて見た。」
「俺も初めて見た。 水車の音ってな〜んかいいよなぁ。」
亮も嬉しそうだからそれを見て更に嬉しくなる。
この風景って・・・何だかこの感じは・・・。
「ピーターラビットが出てきそうだろう?」
「え? うん、そう思ったけど・・・何で解ったの?」
「だって前に延照が好きだっていったじゃないか。」
確かに高校生の頃、言ったことがある。 その時は「少女趣味だなー。」って笑われたのに・・・覚えててくれたんだぁ。
「本当はピーターラビットの故郷は湖水地方なんだけどな。 ロンドンからだとちょっと遠いんだよなぁ。 だからここでガマンしてくれよ。」
「ガマンだなんて・・・こんなにいいところなのに・・・ここ、すっごく気に入った。」
だって亮が連れてきてくれなかったら、こんなに素敵なところ一生知らなかったかもしれないんだよ。
もしかして僕がピーターラビットが好きなのを覚えていたからコッツウォルズに連れてきてくれたのかな?
「ま、それもあるけどな。」
僕のことを考えてくれてる、それはこんなにも幸せに満たされることなんだ。
少し照れてる亮に抱きつきたい。
そう思って行動に出た。 後ろからぎゅっと腕を前にまわして亮を抱きしめた。
「お・・・おいっ。」
慌てた亮が腕を振りほどこうとするのを渾身の力を込めて阻止する。
「いっつも僕を困らせてるからお返し。」
「延照・・・。」
自分でも大胆なことをしてると思う。 だけど・・・もう嫌なんだ、苦しくて息ができなくなるのは。
「・・・ばか・・・。」
小声で独り言のように呟く声が、僕には切なく聞こえる。
「ばかでいいよ・・・亮の背中、あったかいね。」
永遠にこうしていたい・・・大好きな亮の身体の温かさを感じていたい。
「・・・延照・・・ちょっ・・・ションベンしたいから離してくれっ。」
「え? あ・・・うん・・・。」
亮は僕の腕を離すとダッシュで観光客用のトイレに走っていった。
そんなに我慢してたのかなぁ。 
後ろを見送った僕はゆっくりと小川を覗いてみると、小さな魚が群れをなして泳いでいた。
君たちは水槽なんかに入れられずに自由なんだね、それって凄く幸せなことなんだよ。と魚に話し掛けた。
変な人に思われたかな? でも誰も日本語知らないから大丈夫だよね、きっと。
暫くして亮が頭を掻きながら戻ってきた。
「随分遅かったね。」
「あ? ああ、ワリー、ちょっとやばかった。」
「何が?」
「え? いや、だから・・・あ、今朝から腹の調子がさ。」
「ふーん・・・。」
あはは、と笑ってる亮は何か釈然としないけど・・・。
「お腹大丈夫?」
「あ・・・ああ、もう大丈夫。 それより腹減らないか? もう昼だしここで食わなきゃ。」
「そっか。」
                                                 
僕らは小川の横にあったファストフードのような店に入った。
横にある原っぱにテーブルと椅子が置いてあってそこで食べるらしい。
メニューを見ると、英語でも解る文字が目に入った。
「亮、これって「フィッシュアンドチップス」って書いてあるんだよね?」
「ああ、そうだな。」
「これにするっ!」
やったー、念願のフィッシュアンドチップスだー。 ガイドを見てたときからずっと食べたかったんだ〜。
亮がハンバーガーばっかり食べさせるから一種の執着みたいに絶対に食べたかった。
渡されたプレートには魚のフライ・・・というよりフリッターに近いかな、とフライドポテト、それにパンと豆のディップが乗せられていて、結構なボリュームがありそうだった。
亮はサンドイッチを注文して、僕の方が量が多い。
席に座ると、早速僕は食べようとして亮に止められた。
「これは塩とビネガーをた〜っぷりかけて食うのが美味いんだ。」
と言って、テーブルに置いてあった塩とお酢ををドバッと魚にふりかけた。
「・・・高血圧になりそう。」
「たまにはいいんだよ、ほら、食ってみな。」
言われるままにひとくち食べた。
「美味しいっ。」
「だろ? でもこれって店によって当たりはずれがあるんだよな。 ここは当たりだ。」
中がアツアツでお酢のすっぱさがとってもマッチしている。
「俺が初めて食べたのがすんげー不味くってさー、それからあんまり食ってないんだよなぁ。」
亮が愚痴を言ってるので「はい。」とひとくちあげた。
「あ、マジでここの美味い。」
「へへ、食べられて嬉しい。」
「ちぇ、俺もそれにすれば良かった。」
と言いながらサンドイッチをパクついている。 食べ物ひとつで嬉しくなるなんて単純だなー、と思いつつも僕はポテトに手を伸ばす。
こっちも日本で食べるポテトより太くてホクホクして美味しい。
本当は全部食べたかったけど、やっぱり量が多くて無理だった。
残りを「延照、残してくれてえらい。」と言って亮がペロリと食べちゃった。
ま、同じ物を食べて2人とも美味しいって感じたからそれはそれでいいか。
「あー、美味かった。 あと15分くらいしかないけどどうする? 土産買いに行く?」
時計を見ながら僕に訊いてきた。
「ううん。 ここでゆっくりしたい。」
亮とまったりした時間を過ごしたい、お土産なんて次で買えばいいし。
「じゃ、そうするか。」
「うん。」
目を伏せてそよそよと心地良い風が亮と僕の間を通り抜けるのを感じると、ふと口に出してしまいたくなる。
たった2文字に込められる想いはこのまま何処にいってしまうんだろう?
風に乗ってふわふわと漂う綿毛みたいに、亮の肩に乗っかっても気付かれずにまた旅に出る。
「・・・何考えてる?」
目を細めて見つめる瞳はただただ穏やかに僕を映している。
「うん・・・。」
「何だよ?」
「うん・・・。」
くすっと笑われたけれど、それ以上亮は何も訊いてこなかった。
それから10分くらい何もしゃべらずに、それでいてそれが当たり前のような時間だった。
遠くで犬の楽しそうな鳴き声が聞こえる。
ゆっくりと過ぎる小春日和の太陽は亮と僕を母さんのように優しく抱いてくれていた・・・。

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