スーツケースとパブ NO.19

結局席を立った時にはもう約束の時間があと1分と迫っていて、タクシーまでは走って行った。
「のんびりしすぎちゃったなー。」
「だね。」
2人で笑い合う。 その側で運転手のおじさんが苦笑していた。
雰囲気で何を言ってるのか解っちゃうのかな?
「さ、次はお袋さんに土産買わなきゃな。」
「うん。 父さんのだけ持って帰ったら怒られちゃう。」
「怒ったらこえーもんな、お袋さん。」
「そう言っておくよ。」
「げっ。 それは止めてくれよなー。」
亮は1回だけ母さんに叱られたことがある。 ウチのリビングに置いてある置物を誤って壊してしまった時だ。
でも亮が素直に謝ったから、それ以来母さんは亮をかなり気に入ったらしい。
ここに来るときも「亮くんが付いてるなら安心ね〜。」とか言って僕に作った梅干しを持たせた。
「あー、お袋さんの手料理食いてーなー。」
「それも言っておこうか?」
「おう、是非っ。」
ヤキモチは亮にしていたことがはっきりした。 母さんと父さんは亮に絶対の信頼をおいていて、それが僕には何だか面白くないんだ。
・・・別に2人を取られるわけじゃないんだけど・・・。
「何? 延照拗ねてるのかー?」
面白そうに僕の心理をズバリと付いてくる。 
「どーぜ僕は親離れが出来てないよーだ。」
「それでいいじゃん。 延照の親は幸せモンだよな。」
特に親孝行してるわけでもないのに、そんなこと言われても・・・。
「照れた顔も可愛いぞ。」
「どこがだよっ。」
あっはっはっと亮が豪快に笑うから運転手に「What's?」と言われてしまった。
もうっ。



3つ目の村で僕らは土産屋巡りをすることにした。 幸いなことにここは小さいけれど店が並んでいる。
石畳の歩道に趣を感じて溜息が出る。 僕が日本人だからなのか、どうして同じ田舎なのに外国の方が洗練されてる気がするんだろう?って思ってしまう。
日本の田舎も落ち着いて好きだけど、でもどこかしんみりした重い空気があるのは否めない。
外国人が日本の田舎に来たら、逆のことを思うのかな?
何軒か見て廻ると、置いてあるのもは何処も似たり寄ったりで、コッツウォルズの写真集とかポストカードとかを多く見かけた。
ぱらぱらめくってみると、確かに写真は綺麗だけど、でもやっぱり本物には勝てない。 だって僕が今見ている景色の方が数倍も美しいと思うから。
「延照、これこれ。」
亮が僕を店の奥から手招きをしていた。
「何?」
「ほら、昨日言ってた蜂蜜。」
小さめの瓶を手に持って僕に差し出した。
見ると、「Cotswold Honey」とラベルには書いてある。 本当に名産品だったんだぁ。
並んでる瓶をよく確かめてみると、2種類あって1つは中身が普通に見かける透明なもので、もう1つは濁った白っぽい・・・よく蜂蜜が結晶化された時に見るようなもの。
「これって固まってるわけじゃないよね?」
「まさかー、いくらなんでもそんなもん売ってないだろう。」
と言って亮が瓶を逆さまにすると液体がそれに合わせてとろりと動いた。
「ほら、やっぱりこういうもんなんだよ。」
「へー、こんなの見たことない。 うーん、でもどうせだから両方買っちゃおうかな。」
「あ、じゃあ、俺も半分出すよ。」
「ええ? そんなのいいよ。」
「俺が日本に帰ったときに飯を快く作って貰う為だって。 それに梅干しも貰ったしな。」
あれは母さんが勝手に持たせたやつなのに。
結局亮に押されて半分ずつ出すことになった。 母さんの喜んだ顔が目に浮かぶ。
「亮くんは何て親切なのかしら。」
はいはい、解ったよ。 でも半分は僕からってこと忘れないでね。
これで任務完了。 後は大学の人達にロンドンで何か買えばOKかな。 あ、紅茶も母さんに買っていってあげよう。 トレーナーと蜂蜜じゃえこひいきだって言われそうだもんな。
「コッツウォルズの建物ってさ、ライムストーン(石灰岩)で出来ていて別名ハニーカラーって言うんだぜ、それって蜂蜜が名産品だからなのか、そう呼ばれてるから蜂蜜を名物にしたのかどっちなんだろうな。」
確かに壁も屋根も蜂蜜っぽい。 何だか美味しそうな名称だなぁ。
小さい頃読んで憧れた「ヘンゼルとグレーテル」のお菓子の家を思い出しちゃった。
亮に同意を求めると、
「えー? でもあれって魔女がお菓子の家に見せてただけだろう? ってことはあいつらは普通の家を食ってたってことになるんだぜ。」
って反論された。 もう、亮って夢がな〜い! 
その後はちょっとだけ村を散歩してタクシーに戻った。
もう少し見たかったけど、ここには30分しかいられる時間がなかったから仕方ない。
「あと、1カ所、運ちゃんのお薦めがあるんだってさ。」
どんな村なんだろう? お薦めっていうくらいだから他とは違うのかな?



                                                                       
タクシーを降りて周りを見回すと、今までとは全く違う風景が目に映った。
人が全然いない。
運転手のおじさんは穴場に連れてきてくれたらしい。
それにしても本当にこんな場所に人が生活してるんだろうか?
彼は笑って「ここが僕の1番好きな村だよ。」って言った。(もちろん亮の訳付き。)
ここは観光向けじゃなくて、だから土産屋も1つもない。 さっきの村で買えて良かった。
ただ静かに葉っぱの揺れる音がさわさわと聞こえるだけ。
寂しそうにも見えるし暖かくも見える、不思議な場所。
こんなところに僕らがいていいんだろうか、と恐縮してしまいそうになった。
「教会に行ってみようか?」
目の前にある建造物を亮がさして言った。
教会って言ってもやっぱり窓以外は屋根もライムストーンで出来ていて、まるで遺跡でも見ているみたいだ。
「いいのかな・・・?」
「大丈夫だって。」
その根拠のない自信はどっからくるんだろう? まいっちゃう。
ズンズン進んでいく亮の後を追いかけて入り口に入ると、そこにはお墓が幾つかあって、足が止まった。
草が周りを囲っていたけれど、芝生は割と整備されていてちゃんと人が管理していることが解る。
「誰の墓なんだろうなぁ。」
亮はじっとその前に立って名前を読もうとしている。
もうずっと昔に亡くなった人だということは僕にでも解るんだけどな。
だって誰も綺麗にしてないみたいだし、軽く100年は経ってる感じだ。
「・・・この下に今もいるんだよね?」
「たぶんな。 でもこんなに荒れちゃって・・・もう子孫はいないんだろうなぁ。」
「そう考えると何だか可哀想。」
「そんなこと思ってると取り憑かれちゃうぞ。」
「またそうやってからかう。 きっともう生まれ変わってるもん。」
「へー、延照は生まれ変わりを信じてんのか?」
「亮は違うの?」
「俺は死んだらそこで終わり。」
うん、亮らしい考え方だね、妙に納得しちゃった。
「だから俺はこれからは後悔するような生き方はしたくねーな。 今までそうだったからさ。」
今まで?
「どういうこと?」
「んー・・・。」 
言いたがってるような言いたがってないような・・・そんな顔。
でも本当に言いたくなったら言ってくれるよね? だったら無理に訊くのは止めよう。 
僕だっておんなじだ。 ずーっと後悔しっぱなし、きっと自分に嘘ばかり付いているから・・・言いたいことは飲み込んで・・・。
勇気を下さい。 想いを伝える勇気を。
「戻るか・・・?」
「・・・うん・・・。」
その場を去ろうとした時、風がヒューと強く吹いた。
「ほら、早く出ろって言われたぞ。」
「言われてないよー。」
葉がお墓に舞い落ちるのを見て僕は一縷(いちる)の不安を感じた。
やっぱりここは僕らみたいなよそ者は入っちゃいけなかったのかもしれない。
ごめんなさい。心の中でそう呟いて教会を後にした。
そこを出て、少しだけ歩いてみても、2〜3台の乗用車が通り抜けるだけだった。
「マジで人がいないよなぁ。」
「そうだね。」
「このまま2人だったらどうする?」
「ええ?」
何を言い出すんだろう・・・? 亮はたまに変なこと言ってくる。
「どうするって・・・。」
そんなこと言われても何て言っていいのか解らないよ。 心の中ではいつもそう思っているけど・・・だけど今そんなこと口に出せるわけない。
「俺はそれでも構わねーけどなぁ。」
・・・それは・・・どう受け取っていいの・・・? 何でそんなことをさらっと言うの・・・? 僕には亮が・・・亮が何を考えてるかよく解らない・・・解らないよ。
僕が何も言えずに黙っていると亮は困った顔をした。
「冗談だよ、冗談。」
苦笑いをしてタクシーに戻る亮を僕はただ追うしかなかった。
今のは本当に冗談だったのだろうか? でもさっきの亮の顔は・・・哀しそうに見えた。
僕は何故だか不安に襲われた。 漠然としてるけれどじわじわとした冷たい空気が皮膚から入り込んでくる。
どうしたっていうんだ? 喜んでもいいはずの亮の言葉・・・なのに何でこんな気持ちになるんだろう・・・?
どうして・・・?

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