タクシーに乗り込むと、もういつもの亮に戻っていた。
気のせいだったのかな・・・? でもこの感じはやっぱりどこかおかしい。
明るくしてるけど僕には不自然に見える。
「俺の顔に何か付いてる?」
「・・・目と鼻と口。」
「何だそりゃ、アメリカン・ジョークかぁ?」
はは、って笑い声が渇いているように思える。 ずっと亮を見てきた僕には解る。
どこがって訊かれると困るけれど・・・。
「延照が冗談言うなんて珍しいじゃん。」
「そ・・・そう・・・?」
亮が隠したいならばそれに僕も付き合うよ。 だって・・・今日帰ったら言ってくれるんだよね・・・?
僕は何を言われても覚悟が出来ているから・・・だから亮、そんなに悩まないで。 そんな姿、似合わないよ・・・。
元の街、チェルトナムの駅に着いて運転手さんに握手を求めた。
「あ・・・サンキュー・・・。」
僕が下手くそな言葉でお礼を言うと、ニコッと笑って手を差し出してくれた。
通じたんだ〜、良かった。
その後亮が運転手さんと二言三言話して2人で手を振って別れた。
「いい人だったね。」
「そうだな。」
「何話してたの?」
「ん? 頑張れってさ。 あ、あと15分くらいしかないぞ、切符買ってくる。」
「うん。」
時計を見ると、もう3時。 1時間も時間オーバーしちゃったんだ。 でも超過料金は取られなかったみたいだよな・・・親切な人だったんだなぁ。
それにしても亮に「頑張れ」って何のことだろう・・・? 僕に言うなら解るんだけど。
「ほら、買ってきた。 早く入ろう。」
「ありがと・・・。」
列車の中でも亮は相変わらずいつも通りに振る舞っていたけれど、僕にはずっと違和感が付きまとっていた・・・。
窓の外では丘陵がいつまでも続いていて、のどかすぎて何だか泣きたくなってしまう。
ちょっとずつ遠くに感じる亮の眼差しは笑っていたり、僕を見たりしているはずなのに・・・どうして?
モヤモヤしていた感じとも違う。 この感じは何と言っていいのだろうか?
嫌な予感・・・そうだ、僕には嫌な予感がして堪らない。
笑ってる瞳の奥に亮の不安が見え隠れしているのが見えるからだ。
・・・何がそんなにさせてるんだろう? ねえ、ちゃんと受け止めるよ、僕は・・・。 何も出来ないかもしれないけど、それでも何か力になれればいい。
「・・・明後日には延照帰っちゃうんだよな・・・。」
ふいにそんなことを亮が言い出した。
「・・・そうだね、早い・・・。」
一緒にいられるのはもう2日もないんだ・・・そっか・・・。
あんなに出発するまでは長く感じたのに、来ちゃうとあっという間の亮と過ごす時間。
だけど今は早く家に着きたい。 早く言って欲しい。 早く・・・・・・言いたい。
この決心が揺らがないように。
どんな顔をするだろう? きっと亮のことだからあからさまな拒絶反応はしない。 優しい拒絶・・・「ごめん、俺は友達としてしか見られない。」そんなセリフが浮かぶ。
だけど僕は言わなきゃ、一生嘘を付いて側にいるより気持ちを伝えてさよならした方がお互いの為だよね。
ここに来て僕は変わったかな? こんなこと、イギリスに来なきゃ思わなかった。
ずっと友達でもいいと思っていた。
でも結局いつかは友情も歪んでくる。 そんなの本当の友達なんかじゃないんだから、当たり前だ。
今頃気付くなんて・・・こんな僕を許してくれる・・・?
細い階段を登って亮の家に着いたのは、もう6時半を過ぎた頃だった。
「はー、疲れたな〜。」
「うん、でも楽しかったよ。 日本に帰ったらみんなに自慢する。」
「おう、自慢しまくっちゃえ。 ついでに格好いい友達が一緒だったって言えよ。」
「はは、そうする。」
部屋に入ってスーツケースにお土産を詰め込む。 半分は亮へのお土産でいっぱいだったから今はスペースに余裕がかなりある。
「これで明日他の人のお土産を買って・・・ねえ、亮、何を買ったらイギリスっぽいかなー? 大学のゼミの人達にも何かあげなきゃって思ってるんだけど・・・。」
僕がスーツケースに目をやりながら訊くと、何故か返事が返って来なかったから、亮の方に顔を向けた。
「亮?」
「延照!」
「え? な・・・何・・・?」
もしかして今、言われるの・・・? 胸がドキッと一瞬強く打たれた。
大丈夫だ、落ち着け、何を言われても平気なはずだろう?
「ごめん!!」
「・・・・・・え?」
いきなり謝られて僕には何のことだかさっぱり解らなかった。 だって・・・悩み事を聞かせてくれるんじゃないの・・・?
亮は真剣な顔で僕を凝視してるから、どうしていいか解らずにただまぬけな顔でいるしかなかった。
「な・・・何が・・・?」
「俺さ・・・俺・・・・・・起きてた・・・。」
「起きてた」? 何が・・・? いつ?
そう思った瞬間ハッとした。
ガンッと頭をハンマーで殴られたような衝撃が走った。
まさか・・・・・・まさか・・・・・・そう言えば亮は今日、ずっと眠そうだった・・・・・・いつもと雰囲気も違っていたじゃないか・・・・・・。
そんなことって・・・・・・。
それじゃ・・・僕がキスしようとしたのも・・・・・・それにその後のこともみんなみんな知ってるっていうのか・・・・・・?
そんな・・・知られてしまった・・・。 自分から言うのではなくて、よりによってあんな最低なことで知られた。
僕の血が足下から絨毯に吸い取られるような錯覚に囚われた。
目の前が真っ黒になっていく・・・もうダメだ・・・嫌な予感はこれだったんだ。
亮を見られない・・・軽蔑の眼差しを受け止める勇気はないんだ・・・。
あんまりだ・・・・・・ちゃんと自分から気持ちを伝えたかったのに・・・なのにこんな形で知られてしまうなんて・・・。
「ごめん・・・・・・最低だよね・・・・・・あ・・・今からどっかホテル探すから・・・だから・・・。」
呼吸が止まりそうになるのを堪えて口を開いたけれど、それ以上は言葉にならない・・・身体中が震えて止まらない・・・。
知られてしまった恐ろしさと自分への嘲りで手足の感覚まで失われてしまった。
こんな風に亮を失うなんて・・・・・・まだ僕は好きも言ってないのに。
「違う! 延照、違う! こっち見ろよ!」
「・・・っ・・・。」
俯いたままの僕の顔を亮が手を使って左に向かせると、今にも泣き出しそうな亮の顔がそこにあった。
「・・・ごめっ・・・ずっと裏切って・・・僕は・・・。」
知らないうちに流れていた涙がみっともない。
「そうじゃないって!」
そう言って亮は僕をグイッと引っ張って抱きしめた。
「な・・・何で・・・。」
「どうして寝たふりなんかしてたと思う? そうしないと俺の理性が吹っ飛んじゃうからだ。」
優しくそう言われても僕には理解出来ない。 理性・・・? 吹っ飛ぶ・・・?
頭を撫でられて涙が止まらなくなった。
「お前のこと、有無を言わせずに抱きしめて、キスして・・・無茶苦茶にしちゃうところだったからだ。」
・・・どういうこと・・・? 頭の悪い僕にも解るように言ってよ・・・。 僕を抱きしめてキスする・・・?
何を言ってるか解んない。
「・・・俺は延照が好きだ。」
「・・・嘘だ・・・。」
「嘘なんかじゃない。」
僕は首を横に振った。 だって・・・そんなの信じられるわけないじゃないか。
そんなことあるわけない・・・。 きっと亮は優しいから僕に合わせてるだけなんだ、そうに決まってる。
「どうして信じないんだ? 俺はお前が好きだ。」
「あるわけない・・・亮は・・・亮は・・・。」
「・・・これで信じるか・・・?」
唇が亮の唇に合わさった・・・亮は僕にキスをした・・・。
あんなに焦がれていた唇・・・弾力があって・・・少し荒れていて・・・。
苦しくて苦しくて、気が狂いそうなほど好きな亮。 好きなんだ。
「俺は嬉しかった・・・延照が俺にキスしようとしたことも・・・それに俺の名前を呼んでしてたことも・・・凄く嬉しかったんだぞ。」
今まで見た中で最高級の笑顔がそこにあった。 ・・・力が抜ける・・・。
優しく、優しく僕の心を溶かしていく亮。 だけど・・・だけど・・・。
「亮はもてるし・・・何人も女の子がいたし・・・それに留学だって・・・。」
そうだよ、亮には彼女だって何人もいたじゃないか、それなのに僕を好きだなんて・・・そんなの・・・おかしいよ。
「・・・そうだな・・・俺が悪かったんだよ・・・そしたらお前をこんなに苦しめることもなかったのに。 俺からちゃんと言うべきだったんだ・・・ごめんな。 延照が訊きたいこと、全部話すから・・・何でも言ってくれ。」
僕は・・・僕はまだ信じられなくて涙の粒が亮の肩を濡らしていた。
そして亮は僕が泣きやむまで根気強く抱きしめながら待っていた・・・。
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