スーツケースとパブ NO.3


おずおずと中に入るといきなり抱きしめられて飛び上がりそうになった。
「Nice to meet you, Nobu.」
驚いてる僕の横で亮が苦笑してる。 何? 何が起こったんだ?
「同居人のニックだ。」
そう言われてやっと理解出来た。
「ナ・・・ナイス・トゥ・ミーチュウ・トゥ・・・」
やっとの思いで出た英語、通じたんだろうか?
腕を放されると相手の背が凄く高いのに気づく。 190センチはあるんじゃないだろうか。
更に驚いたのは彼の肌が黒かった事。 ニックは黒人だった。
しかもよく見るとピアスしてるし、腕には入れ墨まで入っている。 何だか怖い・・・。
「あははー、そんなにビクつかなくても大丈夫だよ。 これでもニックはコック見習いなんだぜ。」
ニコニコと笑ってるニックを見て、僕は人を見かけで判断したことを恥ずかしく思った。 最低。
「ま、しょうがないよな、免疫ないんだから。」
またね、とか何とか英語で言ってニックは階段を登って部屋に入っていった。
「あ、でもニックの奴、ゲイだから気を付けろよな。」
「ゲ・・・ゲイ!?」
そんな・・・そんな奴と一緒に住んでるなんて、亮は何を考えているんだ?
まさか・・・まさか・・・。 
恐ろしい想像をしてしまう。 亮は僕の顔色を見てプッと吹き出した。
「あのなー、ゲイったって誰でもいいってわけじゃないんだよ。 俺は好みじゃないんだってさ。」
ホッと胸をなで下ろした。
「でも延照なんかあいつのタイプだから危ないかもな。」
「・・・え・・・?」
「ほら、お前見た目ちょっと可愛いからさ、あいつ、ここに連れ込む男がそんな感じの奴ばっかなんだよ。」
さーっと血の気が引くのを感じた。 ここに連れ込んでいる?
「ま、俺がお前の貞操守ってやるよ。 あ、もしかしてこの1年の間に彼女でも出来て卒業しちゃったか?」
「しっ、してないよ!」
僕の顔は今きっと真っ赤に違いない。 亮は意地悪だ。 そんな甲斐性が僕にあるわけないじゃないか。
それに・・・それに・・・僕が好きなのは・・・言えないけど、僕が好きなのは亮なんだからっ。
「良かった。 それでこそ延照だ。」
「・・・・・・。」
馬鹿にされてる。
亮は高校の時からとにかくもてていて、なのに長続きはしなくて女の子をとっかえひっかえだった。 そんな亮を見るたびに僕の胸は苦しくなっていた。 彼女は別れたらそれで終わりだけれど友達だったらいつまでも一緒にいられるんだ。 だから僕は一生友達のままでも大丈夫。 たまに切なくて泣きそうになるけれど・・・。
「荷物置いたら飯にしようぜ。 夕飯、ニックが作ってくれてあるから。」
階段を登って左側が亮の部屋らしい。 入るとベッドがあってドキッとする。 重傷だ。 
6畳くらいの部屋に机と小さい棚がある。 僕のスーツケースを置くとそれだけでいっぱいいっぱいになった。
僕は何処で寝ればいいんだろう?
下に降りると、お腹が鳴った。 最後に食べたのが機内食だったのを思い出す。
ドアの横にあるダイニングキッチンに入るとニックが用意しててくれた夕食が並べられていた。
「へー、あいつ、今日は腕を振るったんだなー。 旨そうじゃん。」
本当にニックの料理は美味しかった。
鶏肉を焼いたものに何とかっていうソースが掛かっていて、あんまり日本じゃ食べたことのない味がした。 ちょっとしたディナーって感じ。 パンじゃなくてお米だった。 イギリスにも米があるんだ。 そういえば寿司が流行ってるって何かのテレビで言ってた。
あのガタイで料理する姿を想像すると何だかおかしいな。
「延照、どっか行きたいとこある?」
「え?」
「明日、行きたいところだよ、折角来たんだから色々見たいところとかあるだろ?」
「・・・笑わない・・・?」
「何で笑うんだ? 何処?」
実はガイドブックを見て、どうしても亮と行きたい場所があった。 でも言ったら子供っぽいって言われそう。
「・・・ロンドン・アイに乗りたい。」
「ああ、あれか、あれは俺の予定では最後の日に組まれてる。」
「予定?」
僕が訊くと、亮は照れた様に笑った。
「実はさー、お前が来るのが楽しみで色々行くところ考えたんだ。」
僕は嬉しくなった。 そんなに僕のこと考えてくれてたんだ。
「じゃあ、それに合わせるよ。」
「そっか? ・・・ああ、それから明後日から一泊でちょっと遠出しようかと思ってるんだ。」
「え・・・?」
「コッツウォルズとかオックスフォードに行きたいなーって思ってさ。 どうせならロンドンだけじゃなく他のとこも行った方がいいだろ? なーんてもうホテルの予約とっちゃったんだけど。」
行動力に驚かされる。 
亮と2人で一泊旅行・・・何だか夢みたいだ。 胸がドキドキする。 別に何があるってわけじゃないけど、僕の為にそこまでしてくれてるなんて思ってなかったから。
空港で亮を待ってた時はちょっとだけ来たことを後悔したけど、来て良かった。
・・・・・・好きだよ、亮・・・・・・。
もう心の中で何百回言ったか解らない。
口に出せない言葉は僕の周りをふわふわと浮遊する。
「ありがと・・・亮・・・。」
「おう、んじゃ、シャワー浴びたらもう寝るか。 本当なら近くのパブに連れて行きたかったんだけどな。 明日行こうな。」
「うん・・・。」



それから僕はシャワーを浴びて、亮が貸してくれたトレーナーとジャージを着て部屋に戻った。
ベッドに二つ枕が用意してある。
「え・・・? 僕、下に寝るんじゃないの?」
「布団ねーもん。 シングルだから狭いけど我慢してくれな。」
そ・・・そういう問題じゃないんだけど・・・。 やばい、顔が赤くなってる気がする。 静まれ、心臓。 変に思われるじゃんか。
「俺シャワー浴びてくるから寝てろよ。」
そう言って亮はさっさと部屋を出て行ってしまった。 良かった、顔色は見られなかったみたいだ。
そっとベッドに入ると亮の匂いがする。 
ドキドキして眠れそうにないと思ったのに、僕はその香りに安心したのか、旅の疲れなのか、いつの間にか深い眠りに堕ちていた・・・・・・。
    
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