「少し落ち着いたか・・・?」
抱きしめられながら耳元で囁かれて、涙を亮が指で拭ってくれた。
「いつから・・・? いつから僕なんかをす・・・好きなの・・・?」
やっと訊けた質問はどっか間が抜けている。
「訊いて驚くなよ。 ・・・最初から・・・お前を初めて見たときから。」
「嘘だ。 だっていっつも彼女がいたじゃないか。」
どうしても疑ってしまう。 だってしょうがないじゃないか、亮はいつでももてて・・・女の子をとっかえひっかえで・・・。
「俺はさ、延照が思ってるほどいい奴じゃないんだ。 お前に好きだなんて言ったら嫌われる、そう思ってたから誰でも良かったんだよ、それで自分を牽制出来れば。 けどやっぱそういうのって相手に解っちゃうんだよ、だからいっつも振られてばっかだったろ? 前に誰かに言われた、「亮って本当は片山くんが好きなんじゃないの?」ってさ。 あのときはさすがにまいったよ、そんな素振り見せたつもり全然なかったのに、女ってカンが鋭いって感心した。 あ、でも昼間の運ちゃんにも頑張れって言われちまったから俺ってもしかしてすげー解りやすいのかもな。 ・・・これで解ったか?」
「そんな・・・・・・。」
本当に? 本当に最初から・・・? 僕より早く好きでいてくれたの?
「だったら・・・どうして留学なんて・・・。」
「俺が耐えられなかったんだよ、そうしないと延照をマジで襲ってた。 だから・・・離れたかった・・・忘れたかった、何処でも良かったんだ。 でもそれも出来なくて・・・結局お前をこっちに呼んじゃったんだけどな・・・俺ってダメ人間なんだよ、勝手にお前の前から消えたくせに、忘れられないからってお前を呼んだんだから。 延照の顔を見たくて見たくておかしくなりそうだった。 ・・・俺はお前がいないとダメなんだ・・・延照。」
真正面からそんな瞳で見つめられると何も考えられなくなる。 亮の行動は全部僕の為・・・?
「もう1度言うぞ。 俺はお前が好きだ。 延照は?」
僕の夕べの行動を見てたのなら答えなんて1つしかないの解ってるじゃないか。 僕は亮が・・・亮が・・・。
「・・・好き・・・亮が好き・・・。」
「やっと言ってくれたな・・・・・・。 やたら遠回りしてたんだよ、バカだな俺達。」
「亮・・・。」
本当に・・・? 本当に僕でいいの?
「お前じゃなきゃダメなんだ、お前しかいらない。」
そう言って優しくもう1度キスをしてくれた。
何て幸せなんだろう・・・。 この世界は何ていう変化をするんだろう。 こんなことが本当に現実に起こるものなのだろうか?
絨毯に吸われていた血は僕の身体に戻っていき、心臓から足のつま先まで紅く染まってきている。
諦めなくて良かった、ずっと好きで良かった・・・。
口と口が触れてるだけなのに、どうしてこんなにも暖かいんだろう? ニックにされた時とは全然違う。
亮とのキスはとても神聖なものに思える。
もちろん、人間だからそれだけじゃないけれど・・・でも今はとても厳かな時間に感じるんだ。
綿菓子のようにふわりとしたキス、深い深いキス、何度も何度も僕らは繰り返してキスをした。
「今までの分を取り返すくらいキスする。」
僕はそれに頷いて再び口吻を交わす。 ちょっぴりタバコの匂いがする亮の味。 大好きな亮の香り。
そうして十数回キスした時、亮のお腹がぐぅーっと鳴った。
「あ・・・、折角キスしてたのに・・・俺って奴は・・・。」
照れた亮がやけに可愛く見えて僕はくすっと笑った。
「お前、呆れてるだろう?」
「そんなことないよ、そうだね、僕もお腹空いた。」
「じゃ、下で何か作るか。」
「うん。」
そうして亮の悩みと僕の悩みは一気に解決された。
「ちょっと先に行っててくれ。」
僕にそう言うと亮はバスルームの方へ入っていった。 ・・・何で・・・?
それにしても・・・と僕は振り返ってみる。
亮が僕を好きだって言ったんだ。 亮と・・・キスしたんだ・・・。
いきなり恥ずかしくなってきて両手で顔を押さえた。
留学しなかったら僕を襲ってたと言ってたんだよね・・・? それって・・・やっぱりそういう意味なんだよね・・・? 夕べ、気付かない振りをしてなかったら僕を無茶苦茶にしたかもしれないとも言ってた。
どうしよう・・・。 そんなこと、考えてもいなかった・・・ただ僕は亮が好きなだけで、だからもしも今日そんなこと言われても、それに答えられるほど勇気がないかもしれない。 僕は怖いんだ・・・だって・・・経験ないし・・・。
かあっと真っ赤になって頬が熱くなっていく。 ばかっ! 何も今そんなこと考えなくてもいいじゃんか。
「お待たせ〜。」
「亮・・・あっ・・・。」
「どう? 男前になったか?」
僕は驚いて目を丸くした。 だって・・・だって・・・さっきまであった亮の無精ひげが綺麗さっぱりなくなっているんだもん。
「何で・・・?」
「やっぱりキスするときにヒゲがあると痛いだろ? 延照の口の周り赤くなってたからさ。」
確かに少しだけチクチクして痛かったけど・・・でも・・・。
「伸ばすって言ってたのに・・・。」
「こっちだとダメか?」
ブンブンと首を横に振った。 どんな亮だって関係ない、それにその顔は昔から知ってる。
「そんなことない・・・格好いいよ・・・。」
「そうかそうか、これで気兼ねなくキス出来るな、ん〜っ。」
言ってる側からチューってしてくる。 でもさっきから気兼ねなんかしてたとは思えないんだけど・・・。
「ちょ・・・待ってよ、ニックに見られたらどうするんだよー。」
「ああ、あいつは大丈夫。 あと1時間は部屋から出て来ないように言っておいたから。」
・・・やっぱり亮の行動力は素早い・・・、と感心しちゃった。
手際よく冷凍庫から凍っていた御飯を出してチャーハンを作ってくれた。
いいなー、料理が出来るのってそれだけで株が上がるよね。
それを2人で食べながら、亮が思い出したように訊いてきた。
「そういやー、ニックって言えば、一昨日延照ここでキスされただろ? あれって初めてだったのか?」
うっ・・・思い出したくないのに、何でそんなこと言い出すんだよ? 何度あれが亮だったら良かったのにって思っただろう。
コクンと頷くと、亮は満足そうに、
「そっか、んじゃ、それって間違いだ。」
と言ってきたから僕には訳が解らない。
「・・・どうして?」
「だってその前の日に俺が寝てる延照の唇奪ってやったから。」
「ええ!?」
ニッと笑う亮を見て僕は目眩がした。 何だよそれーっ。 じゃあ、じゃあ、あんなに悩んだ僕は何なの? 苦しくてセントポール大聖堂で大泣きした僕は何なんだ?
こんなことなら夕べ思い切ってキスしちゃえば良かった、舌も入れちゃえば良かったー!!
もしかして・・・一昨日タクシーの中で言ってた「俺ってサイテー」って・・・。
「ははは、延照起きてたのか? いや、まあ、そういうことだ、やっぱ寝込み襲ったってのはフェアじゃなかっただろう? ついでに延照が酔っぱらった時もしちゃった。」
笑いながら言う亮に僕は泣けてきた。
「ばかっ! 亮のばかー・・・。」
「悪い・・・怒ってる・・・?」
「違う・・・違うけど・・・くやしい。」
気付かなかった自分がくやしい、初めてのキスを覚えてないなんて。
でも・・・亮で良かった・・・ニックじゃなくて良かった・・・。
「やっぱり寝てる延照より起きてるお前にキス出来る方が何十倍も嬉しいよ。 好きだよ、延照。」
「亮・・・。」
そんなこと言われたら何も言えなくなるじゃないか・・・ずるいよ・・・。
「僕も・・・。」
シャワーを浴びて部屋に戻ると、もう亮はベッドに入っていた。
胸が早鐘を打って爆発しそう。 これから僕はどうなってしまうのだろう?
「おいで。」
布団をめくって僕を促す亮は何を思ってるんだろう・・・?
おずおずと言われるまま隣に滑り込むと、額から順にキスをされた。 嬉しさと怖さが交差して身体が震えてる。
「延照、俺が怖い?」
「そ・・・そうじゃないけど・・・でも・・・。」
フッと微笑まれたその顔が余りにも切なくて、僕も亮の顔にキスの雨を降らせた。
髪の毛に掛かった額、中で瞳が動いてるのが解る瞼、僕より高い鼻、剃ったばかりの頬、そしてさっき何度も触れた唇。
・・・もういい・・・怖くなんかない・・・亮が好き、だから・・・・・・してもいいよ。
「しない、今日はキスだけで充分。」
「え・・・?」
「だって一気にしちゃったら勿体ないだろ? 今日はその代わり5年分のキスをするから覚悟しておけ。」
「亮・・・。」
優しいね、亮。 僕を気遣ってくれてるんだ。
「夢みたい・・・亮が僕と同じ気持ちだったなんて。」
「俺だって夕べは驚いたぞ。 延照が「キスしちゃうよ」って言ったときはそのまま押し倒しそうになっちゃてさ、それを押さえるのに寝返り打つしかなかった俺の気持ち解るか?」
「ご・・・ごめん・・。」
「謝るなって。 そっから眠れなくなったと思ったら延照が1人でし始めるし・・・。」
「言わないでよ・・・。」
すっごく恥ずかしいんだからっ。
「どうして? 俺はめちゃめちゃ嬉しかったんだぜ? だって延照が俺の名前を呼びながらしてるんだぞ、あー、もうあの時間こそ地獄だった。 手が出せないんだから。」
「・・・・・・。」
もうっもうっ、どうしてそんなことさらっと言っちゃうんだよ。 僕は見られてたってだけで死にそうなのに。
「恥ずかしい? んじゃ、俺も教えてやる。 昼間お前が抱きついてきてその後俺がトイレに行っただろう?」
「・・・うん・・・。」
「あんときトイレの中で夕べの延照思い出しながら抜いた。」
「う・・・嘘っ? お腹壊してるって・・・。」
「他に言いようないだろ。 な、俺もお前と同じなんだよ。 ・・・引いた?」
亮が僕を浮かべてしたなんて・・・。
「ううん・・・。 びっくりしたけど・・・でも・・・嬉しいかも・・・。」
「だろ? 言っておくけどな、エロ本見て抜くのとは全然違うからな、あんなのは只の処理だぞ。 延照は大切だから・・・だから今まで何も出来なかったんだからな。」
「うん・・・。 僕だってそうだよ。 だから親友って言ってくれてる亮をなくすのが怖かったんだ・・・。」
「ああ、あれも自分の理性を保つ為に言ってたようなもんだったのに・・・それがお前を苦しめてたんだよな・・・ごめんな。」
僕は首を振った。 今は亮が全身全霊をかけて見てくれている・・・それだけで充分だよ・・・。
僕の暖めてきた想いは報われた。 そんなこと絶対にありえないって思っていたのに・・・。
「やっと手に入れた・・・もう離してやらないからな・・・延照・・・。」
「うん・・・うん・・・。」
「あ〜あ、また泣いちゃって・・・。」
ペロッと僕の涙を舐めてくれた。 これは今までの哀しい涙とは違う・・・嬉しいときでもこんな風に涙がこぼれるなんて思ってなかった・・・。
「僕も・・・僕も離さない・・・亮・・・亮・・・大好き・・・。」
「延照・・・。」
そして僕らは眠るまで、何十回、何百回と数え切れないほどのキスをして、生まれてきてから今までの人生の中で一番幸福な夜を過ごしていた・・・・・・。
「寝ちゃった? 亮。」
真夜中に起き出した僕は声を掛けてみたけど、規則正しい呼吸をしている亮は今度こそ本当に眠っているみたいだ。
キスをいっぱいした後の唇はジンジンしていて、朝になったら腫れてるかもね・・・。
でも亮の唇は優しくて逞しくて・・・僕の全てを包んでくれた・・・。
ありがとう・・・亮、こんなに好きって想いが僕の中で溢れだして・・・それを亮が受け止めてくれて・・・こんなことってあるんだね・・・。
僕は唇をそっと亮の唇に押し当てて、そして言った。
「これでおあいこだよ、亮・・・。」
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