外に出ると結構寒い。 あれから何だかんだで家を出るのが11時を廻ってしまった。
亮の頭の中にある予定表ではもっと早く出て色々見るはずだったらしいんだけど、
「んんーっ、やっぱそれよりも2人でいちゃいちゃしてー。」
とか亮が言うから結局2時間くらい部屋に閉じこもってしまった。
あ、別にやましいことなんかしてないよ、ただず〜っとキスしたり膝枕したりしたけどね・・・。
本当はたぶん外に出ないで1日中2人だけの時間を過ごしたいんだよね・・・。 それは僕も同じ。 だって明日には帰らなくちゃいけないんだもの。
だけど今日は待ちに待ったロンドン・アイに乗られるんだから、やっぱり出掛けたかった。 それにお土産買わなくちゃみんなに怒られるし。
「寒っ・・・。」
「もっとこっち寄れよ。」
「う・・・うん・・・。」
肩を抱かれてぴったりと密着する。 凄く気恥ずかしいけど同じくらい嬉しい。
本当はずっとこうして欲しかった。 亮は僕のして欲しいことを何でもお見通しだ。
そしてさり気なく僕の手を掴んだかと思うと、それを自分のポケットに入れる。
「な・・・何?」
慌てて離そうとしたけど、離してくれない。 でもこれじゃあ、まるで・・・。
「こうしてりゃあ、手が暖まるだろ?」
「だって・・・。」
亮の指と僕の指が狭い空間の中でしっかり絡み合っているんだもん。
「なあ、俺は延照の何?」
「何って・・・?」
「親友か?」
・・・親友にキスなんかしない・・・。 そんな質問無意味だよ、あんなに唇を寄せ合って「好き」って囁き合って・・・。
今までの僕だったら羞恥心で死んでたかもしれない。 亮だからそんな僕も見せることが出来たんだ。
首を横に振ると、嬉しそうに亮が言った。
「だろー? 俺達はもう友達なんかじゃないもんな。 なんつっても恋人だもんな〜! だから手を繋ぐのも当たり前、肩を抱くのも当たり前、全てオーケーオーケー!」
ケラケラと笑う横で僕は不思議な気分になる。
そうか、亮と僕は今、恋人同士なんだぁ・・・。 余りにも友達だった期間が永すぎて今イチピンと来ないけど、そのうち実感が沸いて来るんだろうか。
さっき付けられた痕が思い出したようにズキズキしてくる。
「タートルネック持ってきて良かった。」
「え〜、俺は出してくれた方がいいけどな〜。」
「何でだよ?」
そんな恥ずかしいこと出来ないってばっ!
「だってそうしたらお前が俺のものだってみんなに見せびらかせるじゃん。」
「!!亮!!」
・・・この紅く染まった痕は僕が亮のものだという印・・・。 僕は全部亮のもの・・・。 この痛みは独占欲の証。
「俺だってお前のものだぞ。」
いきなり真剣な顔になるからドキッとする。 絶対に亮は自分が格好いいのを自覚してるに違いない。
それにいちいち反応しちゃう自分も自分だけど・・・でも実際に僕の目にはどんな人間よりも格好良く映る。
「・・・もうっ・・・亮には敵わない。」
「俺は延照には敵わないと思ってるけどなー。」
ニヒッと悪戯っ子みたいな顔をして唇で僕の頬を素早く撫でる。
「ダメっ! 人前でキスは絶対ダメ〜!」
「ちぇ、ケチー。」
やっぱり前と変わらずに亮に踊らされる僕がいる。 だけどね、変なんだ。
それが何だかとても心地良いんだ。
誰も知らない場所で指と指が重なり合って、少しずつ熱を帯びてきた掌からお互いの暖かさを感じることが出来て・・・それより何よりそこにいるのが「亮」だということが僕を幸せな気持ちにさせてくれる。
すれ違う人が一瞬驚いて振り返ったり、妙な視線を感じないわけじゃないけれど、それも一時(いっとき)だけ。
もともと個人主義の国だから人は人、自分は自分ということらしい。
それが今の僕にはとてもありがたかった。 やっぱり日本じゃこうはいかないもんね。
「これから何処行くの?」
そういえばまだ今日の行き先を聞いてないことに気付く。
「ん〜、やっぱあれだろ、イギリスといえばバッキンガム宮殿だろ。 ま、その周辺を廻ろうかと。 そんで夕方にはお待ちかねのロンドン・アイだぞー。」
そうなの? イギリスっていえばバッキンガム宮殿なのか? う〜ん、僕には良く解らないからそういうことにして亮に任せよう。
「ロンドン・アイって凄い人気なんだよね、チケット取れるのかなぁ。」
それがちょっと心配だった。 ガイドにも予約して行った方がいい、と書いてあったし。
「延照〜、俺が何にも用意してないと思ってるのかー? ほら。」
ふっふっふっと笑って財布からなんとチケットを取り出してきた。
「ええ!? 予約しておいてくれたの?」
「お前と最後の日に絶対に乗りたかったからさ・・・本当はそこで俺の気持ち言おうかと思ってたんだけどな。」
「亮・・・。」
あ・・・今キスしたくなっちゃった・・・。
そんなとこで亮に告白なんてされたら絶対に誰だって落ちちゃう。 男でも女でも。
「延照、今俺にキスしたいって思っただろう?」
「お・・・思ってないよ!」
どうしてそんなに勘が鋭いんだよー! その顔、やらしいよ。
「ふ〜〜ん。」
その含み笑いは何? その通りだよ、キスしたいと思った。 でも絶対にさせないからねっ。
「延照のいじめっ子。」
「どっちが。」
「お前。」
「亮だよ!」
言い合いながら顔を見合わせて吹き出した。
「あ〜あ、やっぱ延照には一生敵わねーな。」
そっくりそのままその言葉返してあげる。
僕は気付いてる、きっと好きな人にはどんなことをしても敵わないってこと。
だから僕らはお互いに勝てないんだ。
ポケットの中で手を繋ぎながら僕は頭の中で、今の会話ってちょっと恋人同士みたいだなぁ、と思っていた。
地下鉄を出てちょっと歩くと、トラファルガー広場という場所に着いた。
地下鉄の構内ではこの前と同じくキスしまくりのカップルが何組かいて、見るたびに亮に肩で小突かれた。
僕は無視したけど。
でも亮の唇意識しちゃう。 本当は僕達だってキスしてるんだぞー! って言いたい。
隣にいるのは僕の恋人ですってみんなに紹介して廻りたいくらいだ。
そんなことしても誰も喜ばないけどさ、あ、目の前に1人いるか・・・。
こういうときは男同士ってことが少しだけ哀しくなる。 それはこれからどんなに時が経っても変わらない事実。
ああ、だからって性転換なんかしないよ、僕は亮が大好きだけれど女の人になりたいってわけじゃないんだから。
周りを見渡すと、噴水があって近くに高い柱みたいなのがあって・・・見上げると人の像が見えた。
「あそこにいるのはネルソン提督。」
と教えてくれた。 それって何した人だっけ。
そしてその円柱の周りを囲むように大きなライオンの像が四方に置かれている。
このライオン・・・どこかで見たことあるなぁ・・・。
「そりゃそうだ、ミツコシデパートにこれのミニチュア版があるだろ?」
そうか、ミツコシデパートか。 うんうん、確かにそうそう。
デパートの入り口にあるのと同じだ。
知らない間に向きが変わってるとか高校生の時に噂があったやつだ。
ん? トラファルガー広場って名前もどこかで聞いたような・・・。
僕はハッとニュースを思い出した。
「ねえねえ、亮は今年のセ・リーグどこが優勝したか知ってる?」
「はぁ? 何だよいきなり。 どうせ巨人だろ?」
へへ、やっぱり知らないんだぁ。
「違うよ。 今年はな〜んと阪神!」
「嘘だろー!? あの阪神が優勝したのかよ?」
うわー、目を丸めて驚いてる。 亮が知らないことを知ってるっていうのはちょっと優越感だ。
「でね、ニュースでやってたんだけどさぁ、外国に住んでる日本人の阪神ファンも喜んで騒いでね、ここってトラファルガー広場っていうじゃん、だからトラ繋がりで噴水ではしゃいでる人の映像が出てた。」
「げ。 意味解んねー。 日本人の恥じゃねーか。」
「もっと凄いのはフランスのセーヌ川に飛び込んだ人までいたんだよ。」
「マジかよ〜。 よくやるよな〜、俺がトラファンでも絶対にそんな恥さらしなことしねーぞ。」
はは、とっても迷惑そうな顔。
亮は一見ちゃらんぽらんに見えるけど、そういう人の迷惑を考えない人間は大嫌いなんだ。
・・・外でキスしようとして僕の迷惑は考えないみたいだけど・・・。
この円柱はとても高くて、見上げていると首が痛くなってくる。 どれくらいあるんだろう? 周りに高い建物がない所為か余計高く見える。
「確か55メートルじゃなかったかな。 あんまり覚えてねーけど。」
そんなに高いんだ。 思わずぼけーっとしてしまった。
その目線を前に向けると、大通りを挟んでまっすぐな道がスーッと通っている。
その遙か先に微かに見える建物は・・・。
「そ、あれが超有名なバッキンガム宮殿。 行くか。」
「うん。」
今度はポケットに入れないで手を繋いだ。 そして横を見ると亮が微笑んでいる。
恥ずかしいよりも亮と繋がれていたい。 ぎゅっと握ると手の中で鼓動がしているのが解る。
自分でも不思議なくらい亮が好きなんだ。
こんなにたった1人を好きになることなんてもうないんだろうなぁ。
ずっと一緒にいたいよ、例え2人が年を取ってもこんな風に手を繋いで同じ路を歩んでいけたらいいのに・・・。
「ん?」
「え?」
「何か言いたそうに見えたからさ。」
「うん・・・・・・僕・・・好きだなぁって思って。」
「何が?」
「亮がだよ。」
言った途端、亮の顔に紅色がサッと拡がった。
「え・・・。」
「お前・・・それ、まさか解ってて言ってんじゃないだろうな?」
「・・・?」
僕はただ好きって言いたかっただけ。 まさかそんなに紅くなると思わなかった。 だってもう何回も言ったから。
亮はじっと僕を見ていたかと思うと髪の毛をくしゃくしゃと掻き始めた。
「あー、くそっ! 俺って三蔵法師の掌で廻ってる孫悟空みてー。」
「どういうこと?」
僕が訊くとズイッと顔を近づけて言ってきた。
「いいからそれ以上言うな。 言ったら間違いなくキスする、絶対する、嫌がってもする!」
ハーッと溜息をついて頭をぽふっと僕の肩に乗せた。
「ホント延照って天然だわ鈍感だわ・・・まいっちゃうよ。」
「ご・・・ごめん・・・。」
よく解らないけど・・・こんなに余裕がなくて真っ赤になってる亮は新鮮な驚き。
可愛いなぁとか思ってたら、肩に乗っかっていた頭が顔に向いて僕の顎に唇が当たってチュゥと音がする。
「うわっ。」
「これで仕返し完了。 んじゃ行くぞ。」
「〜〜〜〜。」
きっと一瞬のことで誰も気付かなかったに違いないけど、でも恥ずかしいやらびっくりしたやらで今度は僕が真っ赤になる番だった。
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