スーツケースとパブ NO.24

 

大通りを渡ると、バッキンガム宮殿に真っ直ぐに延びている道の横がパークになっていた。
丁度道と隣り合わせに連なっている形になっていたから公園に入ってそこからバッキンガムを目指すことにした。
ロンドンは都会だけれど、広大な公園が幾つもある。 ここはセント・ジェームズパークと言って、日比谷公園の約2倍の広さなんだって。 一番大きいハイド・パークに至っては日比谷公園の約9倍もあると亮が教えてくれた。
広すぎて僕には想像もつかない。
イギリス人て自然を大切にするんだなぁ。 日本人だったらとっくにマンション建ててる気がする。
中に入ると、すぐ横の通りが排気ガスで煤けているのが嘘のように静かで鳥のさえずりが聞こえてくる。
森林浴をしてるみたい。 緑って目に優しい。
「やっぱ延照はこういうとこの方がイキイキしてるよなぁ。」
「そうかな・・・。」
人混みはずっといると気持ち悪くなるから苦手なんだ。 人いきれで苦しくなってくる。
「もっと滞在時間があったら1日掛けてハイド・パークの方に連れて行きたかったんだけどさ。」
残念そうに言う亮に僕は頭をコツンと寄せた。
「そう思ってくれてるだけで嬉しいよ、ありがと。」
「ん・・・。 ここもリスとか延照が好きそうな動物、結構いるぞ。」
「リスがいるの?」
「探してみな。」
「うん。」
暫く歩いてると、目の前をササッと横切った動物がいた。
「ああっ! あれ? あれがリス?」
「そうそう。」
思わず興奮。 すごーい、本当にいるんだぁ。 あまりにすばしっこくてよく見えなかった。
「何か食い物持ってくれば良かったなー。」
木の枝を見ると小さく誰かがあげたらしい物を食べていた。
「可愛い・・・。」
感動。 昔飼っていたハムスターを思い出しちゃった。

この年になるとさすがに男だし動物園とかにも行かなくなっちゃったから、こういう光景を見ると顔が綻んじゃう。
こんな都会で自然と動物が人と共存してるなんて何だか不思議。
のんびりとした空気はコッツウォルズとも少し違うかな。 例えて言うならば都会のオアシスといったところだろうか。
そして横を見ると僕を見つめる優しい恋人がいる。 
こんなに心に余裕があるのなんて久し振りだ。 ・・・余裕というよりも満たされてるって言った方が合ってるかな。 
胸の奥がポカポカしてくる、そんな感じ。
公園の中には大きな池があって、僕が見たこともない水鳥達が何十羽もばしゃばしゃさせていた。
足下では落ち葉が柔らかく靴に触る。 地上で水鳥はぴょこぴょこと歩いていて、それがまた何とも言えず可愛い。
動物って無条件に和んじゃうよね。
僕はここに亮と心が通い合ってから来られたことに感謝した。
そうじゃなかったらきっとこんなに落ち着くことが出来なかったと思うから。
亮も僕と同じ気持ちだったら嬉しいんだけどなぁ・・・。
「いいよなぁ、こんな風に延照と手を繋いでゆっくりと散歩出来るなんてさ。」
「・・・うん・・・。」
亮は僕の欲しい言葉を何気なく言ってくれる。 まるでエスパーのように。
「俺の夢だったんだー。」
「・・・うん。」
「好きだぞ。」
「・・・僕も・・・。」
「キスしていいか?」
「・・・・・・ダメ。」
「ちぇ、やっぱ無理だったか。」
「その手には乗らないよ。」
「あ〜あ、延照って結構頑固だよな〜。」
こんな会話が成立するのだって僕にとっては奇跡みたいなものだ。
本当だったら亮に流されてキスしたいけど・・・でもわざわざ人がいるところでしなくてもいいじゃないか?
2人きりの時は呆れるほどするのに。
亮に言わせると「そこがまた燃えるんだ。」とか言いそう。
「ま、そのうちしちゃうからな。」
「ぜ〜ったいさせない。」
「まあ、見てろよ。」
そのニヤッとした自信ありげな顔は何なんだよー。
僕は気を引き締めて亮を警戒した。
隙を見せたら必ずさっきみたいにふいを突かれるのは目に見えているんだもん。
亮がこんなにキス魔だとは初めて知ったぞ、でもでも僕だけにしかしちゃダメだからねー!


                                                                        
「わぁ・・・凄い・・・。」
公園を抜けてバッキンガム宮殿にたどり着いた僕はその荘厳さに思わず声を上げた。
ここにロイヤル・ファミリーが住んでるんだー。 あのロンドン塔で見た王冠の持ち主、エリザベス女王もいるんだよね。
テレビでしか見たことのない人達が数百メートル向こうにいると思うと妙に感慨深くなる。
日本と違ってゴシップ記事の餌食にもなってしまうイギリス王室はそれと引き替えに・・・かどうかは別として、国民は身近に感じられて親近感をかなり持ってるらしい。
でも四六時中パパラッチに付きまとわれてプライベートが持てないというのはとても不幸なことかもしれない。 僕だったら気が狂っちゃう。
建物と僕達の間には高くない柵があるだけで、その気になれば簡単に敷地内に入れそうだ。
もちろん、見張りの近衛兵がいるけれど。
赤い制服に身を包んだ彼は、人形のようにぴくりともしないで立っている。
「本当にあの人生きてるのかなぁ?」
「生半可な訓練じゃないんだろうな、きっと。」
間抜けなこと言ったと後悔しそうになったら亮も近衛兵を感心しながら見ていた。 何だ、同じこと考えてたんだ、良かった。
「俺だったら足が痛いとか腹減ったとか文句言いそうだ。」
「ぷっ。」
至極真面目な顔して言うから笑っちゃった。
「笑ったな。 延照だったら泣きながら我慢して立ってそう。」
「えー? そうかなー。」
う〜ん、そう言われるとそんな気もしてくるけど。 トイレとかどうしてるんだろう? なんて余計なお世話な疑問が浮かぶ。
宮殿の前は広場になっていて、観光客が大勢いる。 自分たちが住んでいる場所が観光名所ってどんな気分なんだろうか。
皇居もそうだけど、あんまりいい気分でもないよなぁ。
気付くと亮が誰かに声を掛けられてカメラを渡されていた。 ・・・日本人の女の子2人組だった。
「ここでお願いしまーす。」
楽しそうな声。
「それじゃ、いきますよー。 ハイ、チーズ。」
パシャと音がしてシャッターを押す。 ピースサインをしてポーズを取っている女の子達。
「ありがとうございます。 観光ですか?」
「いいや、俺は留学生なんだ。」
「えー、すごーい。」
きゃっきゃっとした甲高い声がチクッと胸に突き刺さった。
「あのー、私達昨日こっちに来たばかりなんですけどー、良かったら夕飯ご一緒しませんか?」
ええ!? ちょっと待ってよ、それってナンパじゃないかっ! しかも僕が隣にいるのに目もくれず、明らかに亮狙い。
そりゃあね、亮は格好いいけど、僕の恋人なんだから・・・って言いたいけど言えない。
田舎では余り日本人を見掛けなかったから忘れてたけど、ロンドンは日本では人気の観光スポットなんだ。
2人だけだと思っていた世界に現実が食い込んできた気分。
・・・やだな・・・これは嫉妬だ。 こんな見も知らない彼女たちに・・・。 
亮は困ったようでもなく、にっこりと笑って言った。
「折角こんな可愛い人に誘われたのに残念だなぁ。 ごめんね、俺達約束があるんだ。」
「なんだー、残念。 あ、写真ありがとうございました。」
そう言って女の子達は手を振って去って行った。
「・・・約束って何だよ?」
手を振り返している亮に意地悪なことを言ってしまう。
「2人でロンドン・アイに乗るんだろう?」
「そう・・・だけど・・・。」
彼女たちを見送っていた顔が僕の方に向いた。
「何〜? 延照それってヤキモチか?」
「違っ」
ニヤリと笑う亮に腹が立つ。 立つけど・・・。
「・・・・・・わない・・・。」
「すげー嬉しい。」
「でも・・・そんなの勝手だよね・・・。」
「何でだ? 俺なんか高校の先輩とかにどれくらい妬いてたと思うんだよ?」
「何それ?」
いきなり高校の時の話しが出て来たので僕は亮が何を言いたいのか解らなかった。
「お前って本当に自分のことになると鈍いよなー。 部活でお前のこと可愛がってた佐知子先輩とか有香先輩とか、延照のこと好きだったんだぜ。」
「ええ!?」
・・・知らなかった。 2人とも僕に優しくしてくれて好きだった。 もちろん先輩としてだけど。
「俺はヒヤヒヤもんだったのに。 この年上キラーめ。」
「知らないよっ!」
「あ〜あ、2人ともかわいそー。」
とか言いながらあははーと笑っている。 さっきの愛想笑いとは大違い。
「それでこそ延照だよな〜、やっぱこうでなくちゃ。」
「何だよ、もうっ。」
怒ってる振りをしてるけど、でも僕は今の大口を開けて笑っている顔の方が何倍も好きだよ。 

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