スーツケースとパブ NO.25

 

「これは?」
「僕、紅茶の味なんてみんな同じに感じるから何でもいいや。」
あれからピカデリーサーカスに行って何軒か土産物屋を見て廻った。 観光客が多い所為かブロックごとにいかにもってお店があって、そこで僕は大学の人達に渡すものを買った。
でも何だかベタなものばっかり買った気がする・・・。
ビッグベンの置物だとか胡散臭いポストカードだとか。 渡したら「いらない。」って言われそうだ。 
そして今、紅茶の専門店に来て、母さんにあげるものを物色中。 あとゼミの女の子達にも小さめの缶をあげよう。
「女ってのは胃袋に入るもんの方が絶対喜ぶ。」
と言う亮のアドバイスによるものだ。 紅茶と言っても凄い種類があって僕にはさっぱり解らない。
「ん〜と、やっぱ一般的で喜ばれそうなのはセイロンとかオレンジペコーだよな〜、あとはアイスならアールグレイとか・・・あ、でもフレーバーティーとかでもいいかもな。」
「あ・・・はは・・・。」
亮が何を言ってるかも謎。 僕なら紅茶なんてティーバッグで充分なのに・・・。
紅茶と言えば、イギリスではティーと注文するとミルクティーが出てくるのには驚かされた。 ストレートが欲しい場合にはブラックティーと言わなければならない。 本場ではミルクティーが普通だなんて不思議、紅茶の味が楽しめない気がして勿体ない気がするんだけどなぁ。
結局亮の言われるままに何個か種類の違う紅茶の缶と母さん用に袋で2つ買った。
「よし、これで土産は終了だよな?」
「うん、ありがと。 お土産って選ぶのに凄く時間掛かっちゃう。」
「折角2人だけの時間なのになー。 ま、でもしょうがねーか、その分これから密な時間過ごしちゃる。」
「み・・・密!?」
何か意味深に聞こえるんだけど・・・それって考え過ぎなのかな。
いや、考えすぎじゃないと思う。 だって亮の顔・・・やらしい・・・。
今までそんな表情をするとは思いもしなかった。 僕の前ではいつも優しい視線だったから。
「そりゃそうだ。 だって友達にこんな顔したらただの変態じゃねーか。 言っておくけどなぁ、延照、お前だって俺に昨日初めて見せた顔があるぜ。」
「ええ? 嘘っ!」
僕はそんなスケベそうな顔してるつもりないぞ・・・う・・・でも舞い上がってたからそう言われると自信ないかも・・・。 しょうがないじゃんかー、亮が僕を好きだって言ったんだよ、そりゃあ浮かれちゃうってば。
「・・・・・・どんな顔・・・?」
僕が訊くと亮は耳元に口を寄せて囁いた。
「キスしたくなる顔。」
「!!?」
カッと耳朶が熱くなるのを手で慌てて押さえた。
何言い出すんだ〜! この顔の火照りどうしてくれるんだよ!
亮は僕が予想通りの反応をしたと言わんばかりに満足そうに1人で頷いてるしっ。
「亮なんか・・・嫌いだ・・・。」
「俺は好きだぞ。」
「・・・・・・。」
・・・・・・本当は意地悪な亮もニヤついてるやらしそうな亮も僕は結構好きなんだ・・・その瞳も唇も・・・胸をキュンとさせる。
昨日とは確実に違うカタチをしている亮と僕の関係。 繋いだ手は離れることなく体温が混ざり合っている。
ここは日本人も結構いてやっぱり少し恥ずかしいけど・・・亮が目で「そんなの気にするな。」と言ってくれている。 だから僕はその暗示に掛かる。


                                 
夕方になってテムズ河の橋の上からこれから行くロンドン・アイを眺めた。
ロンドン・アイとは数年前に出来た観覧車のことだ。
でもただの観覧車じゃないんだよ、なんといっても1基に約30人収容出来る大きな観覧車なんだ。 世界中探してもここにしかないからロンドン名物になってるらしくて凄い人気らしい。
僕はどうしても亮とこれに乗りたかったんだ。 遊園地とか行かなくなってしまった僕だけど、これだったら男2人が乗っても変に思われないと思ったから。
行く前からガイドブックをドキドキしながら見ていた。 これに亮と乗ることが出来たならどんなにいいだろう、と。
近づいて行くとその大きさに圧倒されると同時に人の多さにも圧倒される。
今まで行ったどの観光名所よりも人に溢れていた。
「大丈夫か?」
「え? うん、大丈夫。」
人混みが苦手な僕を気遣ってくれているんだよね、でも平気。 だってこれから亮とロンドン・アイに乗るんだから。
僕がそう言うと、
「そっか・・・。」
と照れたように亮が微笑んで、僕は一体どれほどこんな場面を想像してただろう・・・。
一緒に中華街へ行ったとき、お互いの家に遊びに行ったとき、いつだってあらぬ妄想をしていた。
苦しさと切なさから解き放たれた今、亮にどうして欲しいかなんてとっくに決まってる・・・ただ僕に勇気がないだけなんだ。
・・・今日しかない・・・明日になれば僕は日本に帰ってしまう。
ごまかしてたわけじゃない。 どんなことがあったって僕は男なんだ。
だから・・・だから・・・亮・・・。
「チケット、時間を記入してもらって来る。」
「う・・・うん・・・。」
チケット売り場に行く後ろ姿を見送って僕は溜息を付く。
僕の方がずっといやらしいこと考えてる・・・。 しかも時と場所すら選ぶこともせずに、もしかしたらいつも心のどこかでそんなことばかり考えてる気がしてきた。
こういうのって世間的にはむっつりスケベって言うんじゃないんだろうか?
嫌だ〜。 ・・・でも否定出来ない。 だって本当は今すぐぎゅっと抱きしめて欲しいとか思ってるから・・・。
「お待たせ。 あと30分くらいだからもう並んじまおう。」
見ると乗車時間が17時20分となっていた。
人が長い行列を作っていて、ここに並ぶのかと思うとくらくらする。 でも今はオフシーズンだからまだ少ない方らしい。 夏とかだったらこの倍はいると亮が言う。
「こんな行列、DL以来だ。」
「ははは〜、あれ本当は延照と行きたかっただけなんだけどな。」
「・・・・・・。」
高校生の頃、1回だけ頼まれて亮と亮の彼女とその友達と、いわいるダブルデートで遊園地に行ったことがある。
あの時は亮の隣で笑う彼女が羨ましくて仕方がなかった。 どうして僕じゃないんだろう、と。 その時、アトラクションに並んでいた行列があまりにも凄くて僕が吐きそうになったとき、亮は迷わず彼女達を残して列から外れてベンチで休ませてくれた。
悪いと思いつつ、嬉しくて堪らなかったんだ・・・。 背中をさするその手に、心配そうに覗き込むその瞳に僕は堕ちていた。
そして今、あの時に憧れた亮がここにいる。
「気分悪くなったら言えよ。」
「大丈夫だよ、亮が隣にいてくれれば。」
「・・・延照、お前って何でそういう殺し文句をさらっと言うわけ?」
「え・・・?」
殺し文句ー? そんなつもり全然ないんだけどなぁ。
亮は1人で「天然はこれだから・・・。」とかぶつぶつ言ってる。
僕って天然・・・?
前に並んでいるイギリス人カップルはさっきからキスしてるし、後ろにいる日本人の新婚さんらしき人達は肩を組んでいる。
こうしていると世界中に人間はごまんといるのにたった1人、運命の人を見つけるのって凄く大変なようで簡単にも思えるから不思議だ。
そして僕は亮の運命の人間なんだろうか?
ううん、例え違っていても僕は全然かまわない。 そんなもの変えてみせるから・・・。



あんなにあった行列はいつのまにか僕らの前からなくなっていて、ロンドン・アイに一歩ずつ乗り込む。 ーなんてゆっくりするヒマはないからわらわらと人が流れ込んでいく。
中に入ると思ってたよりも更に広い。
全面ガラス張りでカプセル型になっていて360度見渡せる形になっている。
真ん中にソファが置いてあって、外は立って見るらしい。
ゆっくりと地上から離れていくカプセルが僕らを夕焼けに誘(いざな)う。
テムズ河沿いにある観覧車はまるで宙に浮いているようで少し神秘的な雰囲気だ。
「凄い綺麗。」
思わず溜息が出る。
「丁度日が落ちる時間に当たってラッキーだなー。」
「うん。」
赤く燃えるロンドンの街はまるでポストカードを見ているよう。
亮の顔もオレンジ色に染まって少年になっていた。
「あれがロンドンブリッジ?」
「違う。 あれはタワーブリッジ。 ロンドンブリッジよりこっちの方が実際は有名なんだぜ、ほら、その横にあるのが俺達が行ったロンドン塔。 んで向こうの方がピカデリーサーカス。」
「あ、そうなんだ・・・。」
色々見て廻った場所の位置をやっと把握出来た感じ。 亮の後に付いていくばかりで地理的によく理解してなかったから。
まだ頂上まで行っていないのに既に飽きたのか、子供はソファに座っておもちゃで遊んでいる。 
僕は苦笑した。 そりゃそうか、高さが変わっても子供にとっては同じ景色に見えちゃうよね。
つられて年配の人も休んでるから外を見てるのは必然的に若者が多い。
中には親子連れや友達同士の人もいるけれど、やっぱりカップルが1番多い。
「なあ、俺さー・・・。」
「何?」
「お前と今キスしたい。」
「ばかっ! こんな大勢人がいるんだぞ、出来るわけないじゃないか。」
何となく言われる予感はしていたけど・・・でもここじゃ無理だよ。 だって逃げ場もないし、それに日本人だって乗っているし・・・なにより男同士でキスなんかしたら絶対変な目で見られちゃうじゃないか。
「延照はそんなに周りが気になるのか?」
ドキッとした。 小心者って言われてるみたい。 そんな真剣な目で見ないで欲しい・・・。
「・・・俺を見ろよ。 他の奴なんかこれを降りたらもう2度と逢うこともないんだぜ。」
「だって・・・。」
「俺だけを見てくれよ・・・俺はお前しか映ってないんだぞ。」
亮の言葉は麻薬と同じ・・・僕の身体を痺れさせる。
「そんな言い方、ずるい。」
亮の存在がどんどん僕を覆っていく。 まるで夢の中にいるような浮遊感。
「延照・・・・・・。」
吸い寄せされる・・・もう僕の目には亮しか映らない。 耳は亮の声しか聞こえない・・・。
「ダ・・・ダメ・・・だってば・・・・」
反論になっていないセリフは何処か遠くのほうで聞こえてくる。
僕は熱っぽい亮の瞳から視線を外せなくなって・・・そしてそのまま目を閉じた・・・。

NOVELTOP← BACK← →NEXT