スーツケースとパブ NO.4


〜2日目〜

「ん・・・。」
暖かいと言うよりも暑い感覚によって僕は目が覚めた。
イギリスは冬が凄く寒いので、ヒーターとかじゃ間に合わないらしく家全体に配管のようなものが張り巡らされていて、そこから熱い空気を流しているって昨日亮が教えてくれた。
熱が体内に籠もって乾燥していて喉が少しだけひりひりして痛い。
そういえば僕は夕べはいつの間に寝てしまったのだろう。
亮と一緒のベッド・・・それを思い出してかあっとしてきた。
あれ? 隣にいるはずの亮がいない。 もう起きたんだろうか。
ホッとした気持ちと残念な気持ち。 結局亮がベッドに入る前に眠っちゃったみたいだ。
左側の布団に触れるとまだ暖かい。
身体を少しずらしてみる。 これは亮の温もりなんだ・・・。
「・・・亮・・・。」
思わず声に出してしまった名前にちょっと恥ずかしくなった。
何をやってるんだか、これじゃまるで変質者だよ。
「しっかりしろ。」
自分に言い聞かせる。
ベッドから起きあがって、バスタブで顔を洗おうとしたら水が冷たくて鼻がじんじんした。
でも暑さでボーッとしていたから丁度いいのかもしれない。
ここは風呂と洗面所が一緒になった作りだ。 窓が曇って外が見えない。 寒そう。
歯磨き粉は少し変な味がする。 いつも使ってるやつ、持ってくればよかったかな。
さっぱりして下へ降りるとキッチンから人の気配がした。
「亮? おはよ・・・」
僕に声を掛けられて振り向いたのは亮じゃなくてニックだった。
途端にどうしていいか解らずに俯いてしまった。
「Good morning, Nobu.」
声を掛けられてドキッとする。 やっぱり怖い・・・。
「あ・・・グッド・モーニング」
そうだ、昨日の夕飯のお礼をしなきゃ。
「あ・・・あの・・・イエスタデー・・・えと・・・」
夕飯は何だっけ・・・。
「ディナー・・・ベリー・デリシャス・・・」
単語ばっかり並べて馬鹿丸だしだ。 何で同じ人間なのに言葉が全然違うのだろう?
ニックはニコッと笑って、
「Oh〜, Yes, Yes. Thanks.」
とか言っている。 ・・・これで通じたってこと?
良かった・・・コミュニケーションが出来ると親近感が湧いてくる。
「You look so very cute.」
「え?」
言われて顔を上げると唇に何かが触れた。
・・・・・・何・・・・・・?
そう思った時にはもう遅かった。
ニックはその場を去って二階へ上がっていった。
・・・そ・・・そんな・・・。
ペタンとその場にしゃがみこむ。 頭が真っ白になって思考が停止される。
どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・。
同じ言葉がぐるぐると頭の中を駆けめぐっていて倒れそう。
その時、ジャーっと音が聞こえて「はー、すっきりした。」と亮がキッチンに入ってきた。
「おはよう、延照。 何でそんなとこに座り込んでるんだ?」
「・・・・・・れた・・・・・・。」
「は? 何?」
「・・・キスされた・・・。」
顔を向けると、一瞬固まった亮がため息をついた。
「ニックか?」
こくんと頷く。
「・・・ちょっと待ってな。」
そう言い残して亮は二階へ上がってしまった。
遠くの方から亮の声が聞こえる。 英語だからよく解らないけど何か怒ってるみたいな声。 ニックが「ソーリー、ソーリー」って言ってるのが聞こえた。
謝るなら亮じゃなくて僕に謝ってよ。 
トントンと音がして亮が降りてきた。
「あー・・・ニックにきっちり話しつけといたから・・・。」
頭をポリポリ掻いている。
「キスなんてこっちの人間には挨拶みたいなもんだからさ・・・。」
亮はまだ座り込んでいた僕をそっと抱きしめて頭を撫でてくれてた。
おかしいんだ。 泣きたいのに涙が出てこないんだ・・・。
「あんまり気にすんなよ・・・。」
亮がそう言うならそうする・・・気にしない・・・気にしない・・・。
僕は自分に暗示を掛けた。
                        
それから僕たちはパンを一枚食べてから家を出た。
ミルクは美味しくなかった。 亮に言わせると賞味期限をぎりぎりまで延ばしてるからだって。
日本だったらとっくに期限切れのものだったのかもしれない。 お腹壊さなきゃいいけど。
外に出ると昨日の夜寂しかったのが嘘の様に活気づいている。 車は列を作っているし人も沢山いる。
家の下は小さな、日本で言うところの駄菓子屋さんみたいな店だった。
向かいの店は食べ物屋で、ここでは朝食をそこで済ませる人が結構いるらしい。
「最後の日はここで食べてみる?」って亮が訊いてきたから「うん。」と答えた。
「結構旨いよ。」と言ったから楽しみが1つ増える。
昨日、バスを降りた道路に出るとそのまま亮が歩き出す。
「バスに乗るんじゃないの?」
「ああ、夕べは遅かったからな。」
そっか、夜歩くと危ないからバスで来たんだ。
歩いていると昨日は気づかなかったけれど、そんなに大きくない河があった。
水は大して綺麗じゃないのに、雰囲気が・・・何だろう、道路は自動車でいっぱいなのに河はのどかで、上と下がまるで合成されてるみたいな感じ。
「延照〜、置いてっちゃうぞ〜。」
と亮の呼びかけに走って河を渡った。
15分くらい歩くと駅に着いた。 亮が切符を買ってエレベーターを待つ。
「何で改札通らないでいいの?」
訊いても「さあ。」って答えるだけで亮にも解らないらしい。 みんなエレベーターを使ってる訳じゃなく階段もあって、そっちは改札を通らないとだめらしい。
もしかしてこれってお年寄りしか使っちゃいけないんじゃないのだろうか?
エレベーターに乗り込むと、昨日の臭いの変わりにきついシトラスの香りがする。 掃除の人がスプレーをしたみたい。
エレベーターを降りると丁度来た電車に乗り込む。
混んでいてスーツを着た人がいっぱいいる。 そうか、僕は旅行者だけど、ここに住んでいる人たちはみんな仕事があるんだ。
旅行していると他の人たちも旅行者なんじゃないかという錯覚をしていた。 間抜けだ。
それにしても・・・何だか・・・。
「白人があんまりいないね。」
「ああ、やっぱそう思うよな。 俺も初めて来たときそう思った。」
訊けばイギリスという国は人種のるつぼなんだそうだ。 知らなかった。 イギリスって白人しかいないと思っていた。
「あの・・・じゃあ、ニックも・・・?」
「そ、イギリス人。」
黒人のイギリス人がいるなんて驚きだ。 差別してる訳じゃなくて本当に知らなかったんだ。 僕って無知なんだなぁ。
    
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