地下鉄に乗ってる間もずっと手を繋いだまま僕らは黙っていた。
口を開けないのはやっぱり寂しいからかもしれない。
そんな僕らの前には大きなスーツケースがどっしりと陣取っている。
これには亮との想い出が詰まっている、ここに来てからの僕らを黙って見ていた水色の箱。 僕がバイト代でイギリスに来る為に買ったやつだ。
「俺さ・・・ずっと考えてたんだけど・・・。」
「・・・何・・・?」
亮がゆっくりと話し出した。
「俺が日本に帰ったらさ。」
「うん・・・。」
「お互いの両親にちゃんと話さないか?」
「え?」
僕は目を見張った。 それってつまり僕らがそういう関係だって親に言うってこと?
「そう。 そりゃあ、反対されるに決まってる。 だけど俺はそれじゃ嫌なんだ。 自分の親ももちろんだけどお前の親も俺好きだし・・・何年掛かったってそんなのかまわない。 絶対に2人のこと認めてもらう。 ・・・それじゃダメか?」
僕は何とも言えない気持ちになった。
母さんや父さんをきっと僕らは哀しませることになるだろう。 でも・・・だからと言って亮とは離れられない、だったら答えは必然と決まってくる。
「ううん・・・そうだね・・・大変そうだけど、覚悟する。」
「うん・・・頑張ろうな。」
「頑張ろう・・・。」
握った掌から亮の決心が伝わってきて、僕もそれに答えるように強く握り返した。
これからきっと僕らの前にはとてつもない壁がいくつも待っている。 ぶち当たるたびにもしかしたら挫折しそうになるかもしれない。
強くなろう・・・2人で歩いて行って、その路にある棘(いばら)を摘み取っていけるように強くなってみせよう・・・。
大丈夫、亮と一緒ならば絶対に乗り越えてみせる。 そうしなければ本当の意味での幸せは来ないから・・・。
空港に着いて時計を見ると、チェックインまでにあと40分あったからスーツケースは取り敢えずコインロッカーにしまうことにした。
「ふー、これででっかい荷物はひとまずO.K.だな。」
「行きよりも重かったー。」
それはきっと亮との想い出の重さがプラスされてるからだ。
これで本当に後は待つだけ・・・。
「・・・なあ、延照・・・・・・トイレ・・・行くか・・・?」
「・・・・・・うん・・・・・・。」
それが何を意味するのか・・・僕には痛いくらい解っていて・・・頷いた・・・。
「んんっ・・・」
個室に入ると僕らはキスをした。 これで最後。 そう思うと今までよりも更に深く相手の口腔内に滑り込む舌。 思いっきり亮の唇を吸って・・・けれどまだまだ満足しない唇。 2人の口の周りはお互いの唾液で濡れている。
ジュルッとキスの音が個室内に響き渡った。 何て淫らな音なんだろう。
「はぁっ・・・はぁっ・・・」
「延照っ・・・」
「亮・・・どうしよう・・・熱い・・・熱いよ・・・」
身体がどうにかなりそう・・・キスだけじゃ終わることが出来ない。
亮はその言葉に反応して僕のジーンズのチャックを下ろした。
「亮・・・亮・・・あっ・・・」
亮は僕自身を握って動かし始める。
「ああっ・・・んっ・・・」
「延照・・・」
「おかしくなるっ・・・おかしく・・・はっ・・・はぁっ・・・」
トイレの中でする情事・・・僕は無我夢中だった。 何も考えずに亮の手の熱さだけを感じていたかった。
「好きなんだ、亮・・・りょ・・・亮!」
そして僕は一瞬ふわっと浮いたような気がして、直後身体の熱さを亮の掌に吐き出した。
「はぁ・・・・・・はぁ・・・・・・ごめんね・・・」
「何言ってるんだよ、俺は嬉しい。」
そう言って僕の出したものをぺろっと舐めている。 こんなに自分が自制心のない人間だとは思わなかった・・・。
僕は跪(ひざまづ)いてそっと亮のズボンの中心を開けた。
「の・・・延照・・・?」
ぎょっとして亮が僕の頭を掴んだけど、もう決めたんだ。
「・・・昨日亮がしてくれたみたいにする・・・。」
「汚いぞ、止めろって。」
「僕がしたい・・・本当はもう1回ちゃんとしたいけど・・・無理そうだし・・・。」
昨日の痛みがまだ癒えてないし、たぶん切れちゃってるから。
「延照・・・お前・・・っつっ・・・」
それを口に含むと亮が仰け反った。 昨日僕を突き上げたもの・・・愛しい亮のもの・・・。
「あっ・・・のぶ・・・てる・・・」
切ない声を上げる亮。 ねぇ、ちゃんと気持ちいい?
「・・・いいよ・・・つっ・・・歯を立てないで・・・そう・・・っ・・・」
僕の舌で亮が感じてくれている・・・それが快感。
「はぁっ・・・あっ・・・やばい、出ちまう・・・」
そのまま僕に出して・・・口の中に出して・・・。
亮が「離せ。」と言ったけれど、僕はそれを無視した。
そして次の瞬間、亮は「つっ!」と言って自分自身を解き放った・・・。
僕の口の中に射精した、温くて粘り気のある液体。 それをごくっと飲み込んだ。 初めての亮の味。
「ばか・・・何てことするんだ・・・。」
亮が泣きそうな顔をしたから僕は笑った。
「どうして? 亮だってしたじゃん。」
「それとこれとは話しが別だ。」
「同じだよ、亮。」
「お前ってば・・・何てやつだよ・・・。」
まいったというように頭を掻き始めた。
それを僕は幸せな気持ちで見ている。 亮とならどんな汚いことだって平気。 2人ならば何も怖くないと確信したから・・・。
そしてこれで本当に最後、今度は淡い、触れるだけのキスをした。
「これで1年逢えなくてもいつでも亮の掌思い出せる。」
「俺なんかお前の舌思い出して毎日抜いてやるからな〜。」
「それでもいいよー。」
ふふっと笑って亮の腕に自分の腕を絡ませる。
「何かお前、性格変わってないか?」
「そう? こういう僕は嫌い?」
「・・・んなわけねーだろ。」
亮が僕を変えたんだよ、解ってないだろう?
臆病だった自分はイギリスに来て少しだけ自信が持てるようになった。
まだまだ亮には追いつかないかもしれないけれど、自分のペースでゆっくり歩んでいければいい。
年を取って最期の瞬間に同じ位置に肩を並べられていればそれでいい。
さっきロッカーに入れてあったスーツケースを亮が取り出す。
「よっと・・・。」
「ありがと。」
もう僕が乗り込む飛行機のチェックインは始まっていて、多くの乗客が列を作っていた。
「メール・・・今度はちゃんと送るから・・・。」
「うん・・・。」
「週1で電話もする・・・。」
「うん・・・。」
「日本に帰ったら真っ先にお前の所に行くから・・・。」
「うん・・・。」
「だから・・・待っててくれるか?」
「待ってる。 亮が帰ってくるの、ずっと待ってる。」
「1年なんてあっという間だ。」
「うん・・・。」
「俺は今よりもっといい男になってるから惚れ直せ。」
「亮こそ僕が大人っぽくなってたらもっと好きになってよ。」
「楽しみにしてる。」
「うん。」
「・・・じゃ・・・元気で・・・。」
「亮も身体に気を付けてね。」
「ああ・・・浮気すんなよ。」
「そっくりそのまま返す。」
「ばーか、俺はお前にメロメロなの。」
「それもそのまま返して上げる。」
「愛してるよ、延照。」
「僕も愛してる、亮。」
僕は繋いでいた手をそっと外して搭乗チケットとパスポートをリュックの中から取りだした。
そして乗客の列に並び、スーツケースを受け渡してチェックインをする。
それが終わって振り向くとまだ亮が立っていた。
「ニックとクリスにもよろしくって言っておいて。」
「解った、言っておく。」
人の波に押されてる僕の側に亮が来て答えてくれた。
もう2人の間には紐が割り込んでいる。
「じゃあ、1年後に日本で。」
「ああ、必ず1番に逢いに行くからな。」
「うん。」
手を振りながら僕は亮が見えなくなる扉に自ら足を踏み込んだ。
笑っていられた。
寂しいのも本当で、だけどそれじゃ何の成長もしない。 だから僕らは笑顔で少しの間の別れをする。
泣くのは簡単。 でも僕はもう泣かない。 それが僕に課せられた最初の課題。
大丈夫。 だって亮はいつも僕のここにいるのだから。
そっと亮がくれたペンダントの「R」を服の上からなぞってみる。 クリスが僕らの為に作ってくれた文字。 亮の気持ちがこもっているカタチ。
亮、僕は今、こんなにも満たされているんだよ・・・忘れない・・・きっとこの数日間は大切な記憶として死ぬまで残るだろう。
その腕の熱さを思い出せば、あと1年なんてこれから長い人生の中ではたいした時間じゃない。
今ならそう思える・・・。
だから亮、見ててね、絶対僕のこと、もっと好きにさせてみせる。
僕は電光掲示板が出発を示してるのを確認するとベンチから立ち上がり、そして搭乗口へとゆっくり向かった。
僕の想いを胸にしまって・・・亮の想いを胸に乗せて・・・・・・。
窓の外を見ると飛行機が太陽に反射して眩しくて目を細める。
じゃあね、亮。 今度は日本で逢おうね。
それまで・・・・・・たった1年だけのさようなら・・・・・・。
完
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