スーツケースとパブ NO.5

電車を降りて昨日見たロンドン塔を眺めた。 夜に見た時よりもくっきりとその姿を映し出す。
僕にはやっぱり塔じゃなくてりっぱな城にしか見えない。 だって塔って言えば高くて円柱ってイメージなんだもん。
「さ、こっちだ。」
亮が階段を降りて地下道を指さす。
「ここを抜けて直ぐだからな。」
「うん。」
結構長い通路になっていて、途中に何人か浮浪者がいたのには驚かされた。 亮が耳打ちをして説明するところによると、日本と違いこっちの人たちは殆どがジャンキーなんだそう。
「だから絶対に近寄るなよ、いきなり何されるか解ったモンじゃないからな。」
と僕に忠告をする。 「いくら僕でも近寄るなんてしないよ。」 って言いたかったけど、亮に言わせると僕は隙だらけなんだそうだ。
ひどいこと言う。
でも昨日のスリといい、さっきの事といい、反論出来る余地がなさ過ぎる・・・。
入場料が1人£(ポンド)11.30。 大体2000円くらい? ちょっと高い。 処刑場をわざわざお金払って見るってどうなんだろう・・・。
何だかちょっと不謹慎な気がしないこともないけど。
交通費を昨日から亮に全部払ってもらっていたから、ここは僕が2人分出すことにした。
「別にいいのに・・・。」
って亮は言ったけど、駄目だよ。 だって僕が来てから学校もバイトも休んでくれているじゃないか。 亮は何も言わないけど、解ってるんだからね。
ごめんね、僕の為にありがとう。
きっと亮に言ったら「お前だって学校もバイトも休んでるだろ。」って言い出すに決まっているけど、問題はそこじゃないんだよ。
問題は僕の亮に対する気持ち・・・。 でもそれは言えないから、学校もバイトの事も言わない。
入り口を抜けると、さっき見えていた城はロンドン塔の一部だった事が判明した。
こんなに広いんだ・・・。 だったら入場料はそんなに高くないかもしれない。
建物の壁には蔦が絡み合っていて、緑から赤くグラデーションになっている。
・・・ここで死んだ人たちの血が滲んでいるように見えてゴクンと喉が鳴る。
そんなこと思ってるのは僕だけかもしれない。 
城が周りに幾つもあってその真ん中にひときわ立派な城と広場がある。
全部見たら凄い時間が掛かりそうだったから、
「絞って見ようぜ。」
という亮に賛成した。
僕がイギリスにいられる時間はそんなにないから1つの所に長時間いるのは残念だけど諦めるしかない。 それに亮が決めた予定では見るところがびっしり詰まっているらしい。
「お前に色々案内したいから。」
ヘタな団体観光より濃い時間になりそう。 僕の為に計画を練ってくれた亮に感謝しなくちゃ。
見ていくと昔のイギリス軍の歴史みたいなのが沢山展示されている。
鉄の鎧とかあって、よくこんなの身にまとって戦えるなぁ、とか感心する。 僕だったらきっと鎧を着ただけでその重さで倒れてしまいそうだ。
よく映画とかでいきなり鎧が動く話とかを思い出した。 こんなのに襲われたらひとたまりもない。
見ていくうちに僕は1つのコーナーに目が止まって動けなくなった。
それは拷問器具が展示されているフロアーの中の最も残酷なもの。
・・・そう・・・ギロチン。
僕はそれまでギロチンてルイ16世やマリーアントワネットが処刑されたあのギロチンしか知らなかった。 でもそれよりももっと原始的なもの。
四角い金属で出来た台の真ん中に頭を置くくぼみがあって、斧が一緒に置いてある。
怖いとか痛そうとかそんな感情は起きなかった。 どうしてだろう。 余りにも目の前の物に対して現実と過去がシンクロ出来ないからかもしれない。
この斧は今まで一体何人の血を吸っているんだろうか。 途中で失敗することは無かったのだろうか。 そんな想像をしていると、殺された人の断末魔の叫び声が聞こえてきそうな気がする。
僕にはそれを周りで見て楽しんでる人の方が信じられない。
「きっと大した罪じゃなくても反逆罪とかで処刑された人間も沢山いたんだよな。」
亮のその言葉にハッとさせられた。
そう言えば中世ヨーロッパでは魔女狩りも頻繁に行われていたって聞いたことがある。 魔女を本気で信じて人を殺していった過去の人々と、大量兵器があると信じて戦争で沢山の人を殺していく今の人たちとどんな違いがあるというのだろう・・・?
人間の本質は今も昔も、未来永劫変わらないのかもしれない。
「延照、今、変な事考えてるだろう?」
「え?」
ドキッとした。 僕は一旦考え込むとおかしな方へとどんどんはまっていく事が多々ある。
そんな時、いつだって亮が光りのある方へ導いていってくれた。 
僕の中ではもう、亮がいないとダメかもしれない。 
いつか亮が結婚とかしちゃって子供とか出来ちゃったりしたら、だんだん疎遠になっていくのだろうか。 その時僕はどうなってしまうのだろうか。
・・・ああ、また暗くなっちゃった。
「行こう・・・。」
ここにいると、亡霊に支配されてしまいそうな気がしてきて亮の腕を引っ張って外に出た。
太陽で目がチカチカする。 過去の哀しい歴史から解放された感じ。
「ちょっと休もうか。」
亮がそう言ってくれたので、ベンチが至る所にあるその1つに座って、ふうっと息を吐いた。
「何か・・・凄かったね。」
もしかして僕は少し興奮してるのかもしれない。 あんな物初めて見たから。
「人間てこえー生き物だよなー。」
本当にそうだ。 
逆光になって眩しい亮を見ると、僕は何だかホッとする。
今、僕は危険に晒される事もなく、亮が隣で微笑みかけてくれる。 誰も知らない国でたった1人、亮だけが僕を見てくれている。 優しい、優しいその瞳で。 
これ以上何を望むって言うんだ、もう充分じゃないのか?
「よし! 気分を変えよう。」
って言って亮が次に入った建物は「ジュエルハウス」と言ってその名の通り、宝石がここぞとばかりに埋め込まれている王冠が沢山陳列されているところだった。 だから警備の人が他の場所よりも多くいた。
豪華の一言。 部屋の真ん中にガラスケースにいくつもの王冠があって、その周りが動く歩道になっている。 立ち止まってじっくり見られない様に作られていた。 城の中にエスカレーターがあるなんて変な感じ。
見たこともない大きな宝石がこれでもか、と飾ってあって、男の僕にはよく解らないけど、女の人が見たらきっと大喜びしそうだ。 現にそれを見ていた白人の女性2人組は何度もほうっとため息をついていた。
「この王冠1つで東京の一等地に屋敷が建てられそうだよな。」
亮の言葉に笑った。 やっぱり僕たちは小市民だ。 思うことは同じ。
隣の部屋に行くと、フィルムでエリザベス女王の戴冠式の様子が映されていた。 若い頃の彼女はきりっとした気の強そうな美人で、 格好いいと思った。
ダイアナ妃とは違う芯の通った顔立ち。 あ、この冠、さっき見たやつだ。
エリザベス女王の頭に乗っかった物がここにあるなんて不思議。
暗い気持ちがちょっとここで薄まった気がした。
ロンドン塔を出る頃にはもう12時を過ぎていて、ここに9時半にはいたから2時間半もいたらしい。 結構早歩きで見てたと思ったけど、そんなに掛かっちゃったんだ。
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