スーツケースとパブ NO.7

地下鉄を出るとすぐ横がセント・ポール大聖堂だった。 中世の建物がそのまま現代にタイムスリップしたような大きくて立派な聖堂だ。
見上げると時計台があってその横にドーム型の建物がある。
「何か歴史を感じる。」
僕がそう言うと、亮は笑いながら
「入るともっとすげーんだって。」
と言って入っていった。
入ると日本語の案内があったので、それをもらいながらちょっと苦笑した。
「何だ?」
「うん、日本人てさ、観光好きだなって思って。」
外国人だったら旅行に来たらゆっくり過ごすのが普通だって聞いた事がある。 
「はは、俺たちもやっぱ日本人か。」
亮が笑って進んで行く背中を追った。
「・・・・・・わぁ。」
入って息を飲んだ。 目眩がしそうな程広い。
金、金、金。 豪華絢爛とはまさにこういう事を言うのかもしれない。
「す・・・すご・・・。」
「だろ? こんなに金ぴかなのに下品な感じじゃないのがいいんだよなぁ。」
僕が見とれているのを見た亮は得意そう。 
見渡すとドームが真ん中にあってその先が礼拝堂になって一般者は立ち入り禁止になっていた。
天井にも絵が描いてあって凄く神秘的。 僕がいるのが申し訳なく思えてくる。
金だらけなのに厳かな雰囲気が漂っていて、ここが神聖な場所だということを認識させられる。
ドームを見上げてると、上の方に人がいるのが見えた。
「亮、あそこに行けるの?」
「ああ、もっと上も行けるぞ。 俺も1回登ったけどすげー疲れた。」
「僕も行く。」
「マジかよ? 延照の体力じゃ辛いぜ。」
亮が驚いて止めようとするのを
「でも行きたい。」
と食い下がった。 行かなきゃいけない気がする。 
何故だか解らないけれどそう思った。 それに亮の見た景色を見たいって理由もあったのかもしれないけど。
「・・・俺はここで待ってていいかー?」
「うん、いいよ。 じゃ、行ってくる。」
「階段、危ないから気を付けろよ。」
保護者みたいな言い方。 そんなに僕って危なっかしいんだろうか?
登り始めると、螺旋階段になっていて今自分が何処まできたのかよく解らなくなってくる。
汗も出始めて身体が熱くなってきた。
「・・・っ。」
ぐるぐると目が回りそう。 石段はえんえんと続いてる錯覚を起こす。
胸がさっきからずっともやもやしててそれを消し去りたいと思っていた。
亮の顔が頭から離れてくれない。 どうして・・・どうして・・・。
何で亮を好きになってしまったのだろうか。 小学生の頃や中学生の頃はそれなりにいいな、と思っていた女の子だっていたのに。 でもそれは亮に対する気持ちとは全く違った。 単なる憧れに過ぎなかったんだということを亮に出会って気づかされてしまったから。
心臓がばくばくいってるのは階段を登っている所為なのか、亮の所為なのかよく解らなくなってくる。
「はぁはぁ・・・。」
息が上がってきてちょっと辛い。
まだ着かないのかな・・・。
そう思っていたらやっと出口が見えてきた。
最後の階段を踏みしめて、さっき人がいた場所に僕がいる。
下から見上げていたのとは違う眺め。
亮が小さく見える。 手を振ってみたけど気付かれなかった。 僕はいつまでもこうして気付かれない想いを抱えていかなければならないのか。
胸が苦しい・・・。 息が切れた苦しさとは違う痛みは僕の中でまるでアメーバーのように増殖していく。 
久し振りに逢ったからなのかここに来てから更にその勢いが増してる気がする。
反対側へ廻ると更に上へ登る階段があったから僕は迷うことなく登り始めた。
どうしてだか一番上まで行きたかった。 はやくこのもやもやを取り除きたい。
階段はさっきよりも狭くなってきて、登る人も余りいない。 でも僕は登らなきゃいけない、どうしてだろう。 1人になりたいからかもしれない。 少しだけ亮と離れたいからかもしれない。
次の出口はさっきよりももっと上の方から下を眺められる場所だった。
何だか自分が何者なんだろうって気分になってくる。 ここから飛び降りたらどうなるのだろう、とか思っちゃう僕はおかしいのかな。
案内を見ると、ここは「石の回廊」という名前が付いてるらしい。
さっきのは「ささやきの回廊」。 説明によると壁に耳を付けると反対側の声が聞こえてくるからだと書いてある。 日本にもそういうやつ、なかったけ?
更に上は「黄金の回廊」。 ・・・行かなきゃ。
僕は自分を奮い立たせて次の入り口へ入っていった。
今度は石段ではなくて工事の足場みたいな鉄の階段だった。
まるで関係者以外立ち入り禁止のように下が丸見えになっている。 急な階段で一歩踏み間違えたら真っ逆さまに落ちて行きそうで足がすくむ。
しかも螺旋になってたり直線になってたりしてまるで迷路のような感じ。 終いには何で自分はこんなとこにいるんだろう、とか思い始めてくる。 自分で決めた事なのに・・・。
全部で530段。 感覚的には1000段くらいありそうだと思ったのにたった530段か・・・。 自分の体力のなさが恨めしい。 
亮だったら軽く登っちゃうんだろうなぁ。
辛い、辛いけれど、もやもやを取り除きたい。 
「・・・はぁっ・・・つ・・・着いた・・・。」
思わず声に出た。 僕はとうとう一番上に着くことが出来た。
風がびゅーっと音を立てて僕の頬を撫でる。 汗でベトベトになったシャツが気持ちいい。 
こんなに高いのに手すりが低くて大丈夫なんだろうか? 自殺する人はいないのだろうか? 妙な疑問が浮かんできて苦笑した。
さっきまで沢山の人がいたのに、ここには10人もいないからホッとする。
でもやっぱりカップルが一番多い。 いいんだ、別に。

さっき下で見た時計台を眺めていると、まるで空を飛んでいるよう。 
遠くを見るとロンドン・アイが見える。 
亮が予定に組んでいると言った時、凄く嬉しくて本当は泣きそうだったんだ。そう思った瞬間、僕の目からぽろっと涙が出てきた。
・・・・・・そうか、僕は泣きたかったんだ・・・・・・。
1人になって思いっきり泣きたかったんだ。
「・・・うっ・・・」
後から後から流れ出す止められない涙は頬を伝ってシャツの襟を濡らした。僕の嗚咽に周りの人たちが気付いたけれど、構わずに泣きながら亮の言葉を思い出して暗示を解く。

「キスなんてこっちの人間には挨拶みたいなもんだからさ・・・。」
じゃあ、僕に挨拶してくれよ・・・。

「気にすんなってば、こんなの日常茶飯事なんだぜ。」
じゃあ、僕にその日常茶飯事やってくれよ・・・。
・・・・・・キスしてくれよ・・・亮・・・。

そうなんだ、キスして欲しい、亮に、亮だけに・・・。
その唇に触れたいんだ。 たったそれだけの事がどうして許されないんだろう? こんなに好きなのにどうして許されないんだろう・・・。
ニックは簡単に僕にキスした。 あんな風に軽くしちゃえばいいの? 僕に出来る訳がないじゃないか。
「ニックのばか。」
初めてだったのに・・・ファーストキスだったのに・・・。 
ひっくとしゃっくりの様に呼吸が乱れて苦しい。
胸も苦しい。 苦しくて押しつぶされそうだ。 亮、助けてよ。
「亮・・・好きなんだよ・・・辛いよ・・・。」
ここにいる人たちには日本語が解らないから、口に出すことが出来た亮には聞こえない告白。 本当はちゃんと言いたいけど言えない。
もし僕が亮に気持ちを伝えたらどう思うんだろう。 でも言ったら友達でもいられなくなってしまう、それが死ぬほど恐ろしいんだ。
亮が僕の前から消えてしまったらきっと死んでしまう。
下に降りたら笑うから、だから・・・ここにいる間だけ泣いてもいいよね・・・亮・・・。
 
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