スーツケースとパブ NO.8

それから暫く、周りにいた人たちが心配そうに声を掛けてくるほど泣いて泣いて泣き尽くした。
もう笑える、大丈夫。 そう感じられて下に降りていった。
亮の側に行くと、椅子に座って眠っていた。 
亮の寝顔は起きている時よりもずっと幼く見える。 少年のような顔に無精ヒゲが何だかアンバランスな感じ。 でも目を開けるとその顔にぴったりとはまっている。
疲れてるのかな? 僕が来たから気を遣ってるのかもしれない。
「・・・亮、戻ったよ。」
そっと肩を揺らすと「う・・・ん・・・」と唸りながら目を開けた。
「・・・あれ・・・? 俺、寝ちゃったのか?」
欠伸をしながら僕を見て、
「延照、何か目、赤くないか?」
と聞いてきてドキッとした。
「え? そう? 風が強かったからゴミでも入ったんじゃないかなぁ。」
とっさにどっかで聞いたことがあるような言い訳を言う。
「ちょっと見せてみろよ、ゴミが出て来ないと大変だぞ。」
そう言って僕に顔を近づけて目を覗き込んだ。 
息が頬に掛かってドキドキしてくる。 離れて、お願いだから離れて、亮。
「だ・・・大丈夫だよ、もうとれてるってば。」
亮の肩をぐいっと離して自分の目に手を当てた。 
笑え、笑え、笑え・・・。
「ほら、平気だよ。」
手を離してにっこり笑うと亮は首を傾げた。
「・・・そうか? ま、それならいいけど。」
ごめんね、心配してくれたのに。
「んじゃ、次、大英博物館。」
「あ、うん。」
変に思っただろうか? 亮の頭の上に「?」マークが見えるような気がする。
「こっから博物館までは延照念願の二階建てバスに乗るからな。」
と亮はウィンクをしてみせた。
「どうして念願だって知ってるんだよ?」
確かに二階建てバスなんて滅多に乗られるもんじゃないし、しかもここは本場だし、楽しみにしてたけど。
「延照の事は俺には解るんだよ。」
言い切ってしまう亮には敵わない。 でも一番の秘密事項は解ってない。
バス停に並んで何台かのバスを見送る。 本当に凄い数のバスが通っている。
「お、8番、来たぞ。 乗り遅れるなよ。」
停留所の前に止まったバスに乗り込む。 二階建ては後ろのドアが無くて、そこから乗り込むらしく、しかも係の人が立っていて、何だかレトロな感じ。
・・・感じじゃなくて本当にレトロだった。 凄く揺れるのにつり革が無い。
二階に行きたかったけれど、ダメだった。 二階は立っちゃいけないんだって。 だからよっぽど運が良くないといけないらしい。 ちょっと残念。
「わっ。」
揺れが酷くて転びそうになった僕を亮が受け止めてくれた。
「ご・・・ごめん。」
「俺にしっかりつかまってろ。」
亮が僕の肩をしっかり抱いていて、身動きが出来ないから離れられない。 ばくばくという音はバスの音に掻き消されて聞こえないから良かった。
それにしてもイギリス人は安全運転という言葉を知らないのかと思うほど乱暴だ。 カーブがあろうが曲がろうがスピードを全然落とさない。 事故が起きないのが不思議なくらいだ。 
しかも停留所でもないのに人が乗ったり降りたりしている。  
「次の信号で降りるから気を付けろよ。」
「え? 信号?」
停留所で降りるんじゃないの? 
そんな疑問を亮にぶつけようとする前に出口に向かって人をかき分けて歩き出した。
信号が赤になって止まると、
「よし、降りるぞ。」
と言って亮が降りたから、僕もそれに習った。 その間にもどんどん人が降りてくる。
「び・・・びっくりした・・・。」
「あはは、これぞ個人主義イギリス。」
「何、それ?」
「金さえ払えば後は知らないよって事なんだろ。  ま、それでコケても自分の責任ってことでダブルデッカー(二階建てバス)は乗り降り自由にさせてるらしいぜ。」
日本だったら裁判沙汰にでもなりそうだ。
                                                   
一本向こうの道の目の前が大英博物館だった。 見るとその外観はまるでローマの神殿のような作りになっている。 
「大きいね・・・。」
「中はもっと大きいぞ。」
ロンドンの建物はそんなのばっかりだと思った。 ロンドン塔もセント・ポール大聖堂も見た目よりずっと広くて大きかったし。
ここは入場料がタダでびっくり。
「ここにあるものは昔、色んな国から略奪したものなんだってさ。 だから金取るのを遠慮してんじゃねーか。」
ということらしい。 本当かどうかは解らないけど・・・。
話を聞くと、ここをじっくり見て回ったら一週間は軽くかかってしまうそうだ。 そんなに沢山他の国から奪ってきたなんて凄すぎる。
「延照、何処の国を見たい? 時間無いから見たいとこだけちょっぱやで見て出ちゃおう。」
「え・・・と、あ、日本を見てみたい。 あと、エジプトとか。」
「よし、それじゃ日本から行くか。」
そうは言ったものの、日本のコーナーは酷く遠くにあって探すが大変だった。
「あれ? こっちだった気がするんだけど・・・。」
と亮も一回来ただけだったから迷った。 大の男が迷子になる、それ程ここは広くて解りづらい。
「あ、亮、こっちにJAPANて矢印がしてあるよ。」
上がりの階段に文字を見つけて声を掛けた。
「おお、あったあった。 ・・・でも日本はつまんないぞ。」
「いいの。」
亮は渋々階段を登って部屋に入る。 他の国のコーナーは沢山人がいたのに、日本は建物の一番上にあって、何故か孤立したような格好になっていて、人も殆ど見あたらない。
何だか日本人として侘びしい。
中に入ってその理由がよくわかった。 本当につまんない。 戦国時代とかの鎧カブトとかが展示されていると思ってワクワクして入ったら、有名なのかもよく解らない人の版画とか写真が飾ってあるだけだった。
「な、つまんないだろ?」
「・・・うん・・・。」
「ま、日本はイギリスに大して取られなかったと思えばな。」
そうか、そういう考え方もあるのか。 ポジティブだなぁ、亮は。
それから僕たちは早足でエジプトのコーナーに行った。 ここは博物館の中でも特に人気があるらしくて凄い人だ。 日本と大違い。
昔の人の色んな物が展示されてて面白い。 イヤリングとか見ると、女の人は今も昔も変わらないんだなぁ、とか感心する。 でもやっぱり一番多いのは人型の棺桶だ。 二千年以上昔の棺桶なのに絵が描かれていてしかも全然今と見劣りしないのがさすがエジプトって感じ。
それからなんとミイラまでが展示されているのには驚いた。
ひからびて小さくなったその人は静かにただ横たわっている。 まさか自分が死んでからこんな遠くの国で見せ物になっているなんて知らないんだろうなぁ、とか思うと少し気の毒になった。
このミイラも略奪されたのかな、可哀想に・・・。
「また延照はおかしなこと考えて。」
「考えてないよ。」
「いーや、俺にはお前の考えてる事なんか直ぐに解るね。」
・・・嘘つき、僕の胸にしまってある気持ち解ってないじゃないか。
「ミイラに取り憑かれちゃうぞ。」
「知らないよっ。」
まるで僕を子供扱いだ。 ばか亮!
ムッとしてその場を去ろうとすると亮が後ろから肩を掴んで耳元で囁く。
「・・・嘘だよ、延照。 お前は人一倍感受性が強いんだよな。 優しい奴だよ、延照はさ。」
「・・・・・・。」
そんなことされたら怒ることも出来ないじゃないか・・・。
亮は僕の肩を組みながら「俺なんかとは大違い。」と言って笑ってる。
・・・? どういう事なんだろう? 僕には亮の方が優しく思えるのに。
「それよりちょっと休むか? ずっと歩き通しで疲れちゃっただろう。」
言われてみればそうだ、あの階段だってかなりきつかった。
「喉乾いたかも。」
僕がそう言うと、博物館のセンターにあるカフェに行った。
ここは入り口から想像も出来ないほど近代的になっている。 聞くと、ここに前は大英図書館があって、それが移転した後にグレートコートという広いガラス張りの天井の中庭が出来たそうだ。 ここが博物館の中心になっていて、その周りをぐるっと一周して陳列品が並んでいる。
「何飲む?」
「あ・・・とコーラ。」
はあぁ。 亮がいないと飲み物すら買えないのか、僕は。 そんなことない、きっとそれくらいは通じるはずだ、とか思っても結局は亮に任せっきりになってる自分が情けない。
亮は僕に甘い。 昔からそうだった。 まるで僕を女の子の様に包み込むから僕もその気になってしまったのではないのだろうか? はぁ、やっぱり自分が情けないじゃんか。
「ほい、コーラ。」
「ありがと・・・。 ねえ、亮。」
「何?」
「亮はどうしてそんなに僕に優しいの?」
「はあ? 優しい? 俺が?」
亮は僕の質問が解らないという風に聞き返してきた。
「だって怒ったことないし、ほら、僕ってトロいしさ、他の人たちはどっちかっていうと僕の事ケムたがってたみたいだし・・・。」
目をつぶって話を聞いていた亮が溜息をついた。
「あのなー、他の奴らなんて見る目がないだけだろ? 俺はお前のいいとこいっぱい知ってるぜ。 大体腹も立ってないのに何で怒らなけりゃならないんだよ。」 
「だって・・・」
「だってじゃない、俺が延照を親友って決めたんだからそれでいいんだよ。 それともお前は俺が友達で嫌なのか?」
「ち・・・違うよ。 そうじゃないんだ。 ここに来て僕って1人じゃ何も出来ないなぁって情けなくなっちゃって・・・。」
「そんなの当たり前だろ? 何の為に俺がいるんだよ。 こっちが延照を呼んだんだから俺がエスコートするのが当然なの。 だから気にするなよ。」
「亮・・・。」
やっぱり優しいのは亮だよ。 その暖かな瞳に何度救われた事だろう。
「延照・・・俺・・・」
「え?」
亮の指が僕の頬を撫でてきて、その仕草にドキドキする。 思わずその指が唇に来ないかと期待してしまう。
「・・・・・・何でもない・・・。 あーあ、何か腹減った。」
ふっと一瞬だけ唇を歪ませて亮は僕に触れていた指を引っ込ませ、大きく伸びをした。
今の笑いは何だったんだろう・・・?
「なあ、ここももうすぐ閉館だし、飯喰おうぜ。」
「う・・・うん・・・。」
僕は訊けなかった。 何故かそれは訊いてはいけない様な気がしたから。

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